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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

書評「漁港の肉子ちゃん」(西加奈子)

自意識とありのままの姿との拮抗、それがこの小説のキモであると、日野淳さんが巻末の解説に書いていた。

漁港の肉子ちゃん

 自分もそう思う。思春期の喜久子ちゃんは延々とその事について自分自身では意識はしていないけれど翻弄されている。小学校5年生の彼女はクラスのなかで昼休みにバスケットボールをする。そのチーム分けをする方法にこだわり、親友のマリアちゃんとの間に溝ができてしまう。もっともマリアちゃんと確執のある金本さんとも距離がある。どちらかに迎合してしまえばなにも悩むことは無いのであるが。
自分のお母さんである肉子ちゃんこと菊子さんの生き方や振るまいにはいつも嫌悪感をいだいている。その娘である可愛くてスリムで自分の生き方を持っていて一人孤高を保っている喜久子ことキクりんはカッコいいのだ。でも、彼女は自分のなかではいつも峻巡しているのである。
自意識としての自分の生き方、迎合としてありのままにいきる肉子ちゃん、この差違とそれに対する反発、そして迎合、それがこの小説が投げかけている大きなテーマなのである。
何言ってんのかさっぱりわからないとおっしゃる方は是非ともこの小説を読んでほしい。自分の人生観が変わるかも?
私はこの小説を読んで、どんな逆境も受け入れ、例え男に騙されて多額の借金を押し付けられてもそれすら凌いで行く肉子ちゃん。関係がそれほど濃くもない、ほとんど会った事もないであろうお茶屋の奥さんが死んでも大声で泣ける肉子ちゃん。不細工で見苦しく、カッコ悪い彼女は実は神様ではないかと思ったりする。

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