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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

御坂サイフォン

 (本記事は2016年1月のものです。)
 兵庫県南部の稲美町は全国でも有数のため池地帯だ。昨今は稲作の減少でその数は多少は減ったかも知れないがそれでも地図や航空写真を見ると夥しいため池が有ることがわかる。
 これら多数のため池に溜められている水は当然ながら稲作のための灌漑に使用されるものだが、一体どこから来ているのか?
 てな疑問を持って、調べた所、「淡山疎水」と「御坂サイフォン」に行き当たった。
 サイフォンとは別名「伏越し」とも言い、高い所に流れている水を谷間を越してその向こうの山の上まで送る管の事である。
 稲美町は高台であり、元々河川と呼べるものは流れていない。水田を開発するためには農業用水は不可欠であるため高い標高を保ったまま水をその高台に供給すべく作られた施設なのである。
説明図
淡河川から取水された水が疎水の水路を通り、御坂の地点で志染川を越し、向かいの山まで鋳鉄管で送られている。志染川にはこの鋳鉄管を渡すためにアーチ式の橋が架けられている。
山を下る管の遠景
 山腹から水路管が降りてきているが、明治21年から3年間で完成されたもので、当時はイギリスより輸入された軟鉄管が使われていた。
山を登る鋳鉄管
こちらは、アーチ橋を超えた後、山へ水が登っていく管である。配管自体は既に2回更新され、これは3代目のダグタイル鋳鉄管である。
メガネ橋
志染川を渡す部分はこのような美しい2連のアーチ橋が架けられている。
眼鏡橋拡大
橋はよく見ると2本かかっており、奥の方が明治時代の石積みアーチ、手前が昭和の時代に改修されたコンクリート橋である。
橋の上
橋の上も二つに分けてあり、右側が旧橋、左側が新橋となる。鋳鉄管はこの下に敷設されている。
説明カンバン
この橋は「加古川水の新百景」に選ばれているほか・・・・
土木遺産
土木遺産にも選ばれ、また、日本三大疎水のうちの一つでもある。
 かつては食料増産のために涙ぐましい努力がされ、トンネルを含む全長26.3キロ以上に及ぶ疎水が敷設され、分水箇所には頭首工が、下流部には各ため池群への分配施設が、そして稲美町の高台に多数の灌漑用ため池が作られ、2500haの新田開発ができたのである。
 今回、自分の住む地域のほんの身近な所にこんな大規模な施設があった事を知り大きな感銘を受けた所です。
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コメントコメント


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その節はご馳走様でした、うさぎさんにも御裾分けしましたので悪しからず。
 で?疎水ネタは何故か興味深々でしてね、一番に思いだすのはスペインのセゴビアに有るローマ時代に建設された石造りの水道橋、お次は前にもご紹介したかと思いますが我が故郷の武庫川で起きた水争い、更にお次は拙宅近隣を流れる玉川上水が空掘川の下を潜る所でね。
 現物を見ると「ナルホド理屈だよね」とは思うのですがよくこんなモノを江戸時代に作ったもんだと感心しきり。
 ラスト?は京都のインクラインでね・・何故って・・・トホホホ(涙)
所で「衝撃ポンプ」ってご存じですか?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E6%A7%8C%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%97
 誠に不思議かつ「ナルホド」の理屈で外部エネルギーを使わず水のくみ上げが出来る。
 今はもう使われていないかな??

うんちく | URL | 2016年05月09日(Mon)01:02 [EDIT]


うんちくさん
 美味しく食べていただいて良かったです。
 今は忘れられているこのような施設を目の当たりにすると、昔の人は偉大だったんだな・・・と思います。重機やレーザー測量技術もない時代にこんなすごいモノを作るんですから!
 琵琶湖疎水も大工事だったんですね。構想や設計は田辺朔郎さんでしたっけ。彼の京都帝大の卒業論文が発祥だったかと・・。おりしも東京遷都の皇室からの置きみやげのお金で疎水を作りついでに蹴上に発電所も作り市電を走らせた・・・夢のある話ですね。
 衝撃ポンプは知りませんでした。面白いですね。確かに原理としては頷ける。水路式発電所のサージタンクと同じ原理ですね。

四方山果無 | URL | 2016年05月09日(Mon)18:04 [EDIT]