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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

北海道旅行(その2/4)

昨日はキリンのビール園で、しこたま生ビールを飲み、ジンギスカンを食べたため、奥さんはおなかの調子が悪いと言っている。ちなみに自分と息子は全く快調。だからいつも奥さんにねたまれるのである。かわいそうに奥さんは朝食も食べずに二日目の観光に出発したのである。

 この日のお天気はあいにくの雨、でも、目的地では晴れる予報なのであんまり気にしていない。今日の目的地は積丹半島の神威岬である。札幌から小樽方面へ行き、鰊御殿に寄り、その後、フゴッペ洞窟を見て、海鮮どんぶりをいただき、神威岬へ。そこで地球の丸さを感じた後、小樽に戻り、おいしいお寿司をいただき、小樽泊という予定で出発した。こちら方面は実はもう二度ほど来ているのだ。小樽と余市の観光地は既に回ったので、以前から興味のあったフゴッペ洞窟と積丹半島そのものが目的地であった。
2-1.小樽運河
 “半島”というものの独特のあり様を初めて取り上げたのは五木寛之だったか?彼は朝鮮半島の生まれと聞いたことがある。日本が大陸に侵略して行った中での出生なのだが、規模や環境の違いはあれ、なにか同じような雰囲気がある。それが何かはよくわからないが、そう思うのである。実はその昔、京都府の北部、丹後半島に親しく通わせていただいた場所がある。そこも半島であった。
 ということで、札幌のホテルを出発し、何度か通ったことのある札樽自動車道を小樽方面に向かったのでした。
 最初の目的地は小樽の山上に移設された鰊御殿。平日であるので近隣の駐車場も閉鎖されており、細い山道を登っていくと、広大なアシカの水槽が・・・・?そう、そこは小樽水族館の裏山なのでした。
 小樽市鰊御殿は1958年に積丹の泊村にあったものをこの地に移設したものだそうだ。1960年には北海道有形文化財に指定されている。2階建ての総面積185坪の巨大な建物には当時(明治、大正、昭和)約120人の漁夫がここに寝泊まりして、鰊漁をしていたという。屋内に展示されている漁具や写真からは当時の活気が伝わってくる。鰊の大半は茹でて圧縮乾燥し、本土へ送られ、肥料として使われたという。
2-2.鰊御殿
 次に訪れたのは余市にあるフゴッペ洞窟。昭和25年に発見されたこの洞窟は弥生時代、(北海道では続縄文時代と言われる)西暦2~6世紀のもので、アイヌ民族の祖先が祭祀のために使っていたといわれています。海辺にある奥行き7mほどの小さな洞窟ですが、内部には約800点の線刻画があります。国内にこのような線刻画がある洞窟はここともう1箇所、小樽市手宮のみとのこと。
2-4.フゴッペ洞窟
 洞窟の前には博物館があり、洞窟内にガラスのキャビネットが挿入され、その中から実際の線刻画を見る事ができます。北東アジアにはこのような岩面刻画が多くあるとのことで、その関連性を思うと空想が膨らみます。
2-3.フゴッペ博物館
 フゴッペ洞窟を出た時には昼前、雨もあがりました。途中積丹御崎近辺で、海鮮ドンブリの昼食を食べ次の目的地である積丹半島最先端の神威岬をめざします。
2-6.中村屋
2-5.海鮮丼
 積丹半島を巡る国道229号を走っていると、ローソク岩という奇岩が見える。美しい渚の路であり、後半の山間部は両側に牧場がある。
2-7.神威岬

 神威岬に到着。観光バスや乗用車が結構止まっている。なかなかここまで来る観光客は少ないのでは・・・と思っていたのだが以外であった。駐車場から神威岬へは約40分の徒歩。後の予定もあったので、御崎の見える展望台から写真を撮り、岬への路の途中まで行って引き返す。
2-8.神威岬の先
ここで、こんな物を発見!戦時中のレーダーの跡である。こんな所にも戦争の足跡が・・・。
2-9.電磁台
 神威岬の後は再び小樽に戻り小樽市総合博物館へ。ここは実は北海道の鉄道の起点(ゼロ・マイル)なのです。北海道炭坑鉄道手宮工場の跡地です。現存する最古の日本製蒸気機関車7150大勝号(明治28年)やアメリカから輸入されたしづか号(明治17年製)などが見られる他、除雪車やクレーン車など特殊な鉄道車輌も多く展示されていました。
 この日は小樽泊、ライトアップされた石造りの銀行の建物や多くのお寿司やさんの並ぶ通りの近くでした。

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コメントコメント


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北海道ですか?しかも自腹で??リッチやなぁ・・・・ で?「誰と行ったの?」ナンチャッテ・・・伊藤某が出てたCMみたいなセリフでも。

 ワタシが初めて北海道に行ったのは修学旅行の時でね、高校出てから20歳の頃厚岸に有る牧場で住み込みのバイトで行ったのが二度目で更に??キリが無いのでやめときますが当時は往復とも夜行列車で今思うと壮絶ながら今では絶対出来ない超贅沢な旅でしたね。
 まさかその後仕事で毎年2~3回通うハメになろうとはね、よって渡道回数は?多分全部で30回位ですがよく覚えてません。
 因みに飛行機で行ったのは出張時が初めて。
 更に因みに初めて飛行機に乗ったのは21歳の頃与那国島から石垣島間で機材はデハビランドのDHC6。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%93%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%83%80_DHC-6

 あちこちにパッチで塞いだ跡が有ったので「大丈夫かぁ?」と思ってたんですがこれってベトナム戦争帰りの機材でパッチは機銃掃射で開いた穴を埋めてたんですね(ゾゾゾゾゾ)。
 今更ながら好き好んで壮絶な事やってますた。
 え?「人生も壮絶やろ?」ですと??御意m(._.)m

うんちく | URL | 2015年09月19日(Sat)10:01 [EDIT]


うんちくさん
 国内は元より海外へも度々出かけられているのは羨ましい限りですよ。行って見たいところは数多くあるけど、今の仕事ではなかなか厳しいものがあります(時間的にも経済的にも・・)
 ま、宝くじが当たった暁には・・・・(あ、買わないものが当たるはずないですよね)
 そのうち・・・と言っているうちに身体が動かなくなっていたり、人生が終わっていたりすると少々寂しいですね。やりたいことしとかな!

四方山果無 | URL | 2015年09月19日(Sat)18:27 [EDIT]