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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

阪神・淡路大震災20年シンポジウム

 今日は阪神・淡路大震災から20年目の日となる。20年前の今日の午前5時42分には奈良県斑鳩町の社宅でコタツに入り本を読んでいた。昔から結構早く起きていたのだ。突然の大きな揺れに、震源は地元斑鳩町に間違いないと思い、あわててテレビを点けたのだった。
117シンポ

NHKは最初、神戸に震度7の表示が出ていたのだが、その値が信じられなかったのか、すぐに表示を引っ込めてしまい、現在震源地を特定している・・・との報道に替わってしまったことを覚えている。
 この日は道路は大渋滞、鉄道は止まり、結局社宅の近くの出張所に出勤したのだった。そしてそれからの1週間ほどは大変であった。
 あの年に生まれた下の息子が今年成人式だった。あれから20年もたったのかと思うと感慨深い。あたりまえと言えば当たり前だが、あの日命を落とした多くの人々のことを思うと今、こうして息災であることに感謝したい。
 さて、今日は大阪駅北のグランフロントで我が社と大阪管区気象台が主催する「阪神・淡路大震災20年シンポジウム」があった。仕事とは別として興味深かったので聞きに行ってきた。テーマは「南海トラフ巨大地震に備える」~命を守るヒントを学ぶ~であり、最近災害対策でよく言われる「自助、共助。公助」のうち、前二つがテーマであった。我が社の仕事は公助であるにも関わらず、自助、共助をテーマにするのは“珍しい。
 内容は第一部が災害を機に土木の分野へ来た若手2名の話。第二部の1は基調講演として、関西大学社会安全学部教授の高橋智幸氏の地震や津波観測、避難指示に関するARの応用などの講演。そして第二部の2が5名のパネラーによるパネルディスカッションであった。
 パネルディスカッションでは、南海トラフ巨大地震に対する国土交通省の取り組み、大阪地下街での津波浸水に対する対策、帰宅困難者への対応。災害報道のありかたなど、興味深くかつタイムリーな話題であったが、その中でも特に興味深かったのは松山大学人文学部社会学科森岡准教授のお話であった。その話とは・・
 東北大震災の時、津波が来る事を察知して、57%の人は即刻逃げた31%の人は何かをしたあとで逃げた、その31%の人達は何をしていたのか?その31%の人達のうち、32.1%の人は地震後の整理をしていたのだ。そのほか、20.6%は家族・親類等を探していた。このような実態を見て災害時における人々の心理を解析し、どのようにすべきかを示唆する内容であった。
 人には二つの思考形態があり、一つは自分の感性ですぐに行動に移す“システム1”である。もう一つは多くの情報を考慮し最良の方法を選んで行動する“システム2”。情報の無い中、緊急事態に早期に対応する必要のある災害避難は基本的には“システム1”で行動する事になる。しかし、この“システム1”には多くの“バイアス”(偏り)が影響している。“バイアス”には大きく4つのものがある。1.感情的バイアス(まさかそんなことは自分には起こらない。)2.先延ばしバイアス、(費用・労力のかかることは先延ばしする)3.集団協調性バイアス(他の人と同じ行動をとっておけば大丈夫)4.平常性バイアス(日頃の状態に戻したい)
 これらバイアスを極力低減し的確な判断が自分自身で出来る事が自分の身を守るためには重要である・・・との示唆であった。
 森岡氏の話を受け、パネリストの一人、元NHKのディレクターであった関西大学社会安全学部助教の近藤氏はいかに的確に災害情報を多くの人達に伝えていくか、その取り組みを紹介された。
パネルディスカッションの最後にコーディネーターとパネリストから“自助、共助”に関するキーワードが示されたので記載する。・自分たちの住んでいる町の災害リスクを知る(高橋氏)・心理の壁を破る「平常と緊急の切り替え」(森岡氏)・とどまる、事前の心構え「帰宅困難者になったら」(森本氏)・3階以上に避難「地下街で津波に遭ったら」(井下氏)・今は未来から見たあの頃「今日を第一歩に災害に備えよう」(近藤氏)・もしも・万一「・・・に備える」(小俣氏)
 被災した記憶の風化は速い。1993年に起き230名の津波等の犠牲者を出した北海道南西沖地震、そのわずか1年後に起きた北海道東方沖地震では昨年の教訓を生かせず、ほとんどの人は逃げなかった。
 大災害での被害はゼロには出来ない、しかし、いかにそれを少なくするか。それは繰り返し過去の被災と教訓に触れることであると思います。

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