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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

書評「海うそ」(梨木香歩)

 海うそとは蜃気楼の事。南九州の西にある、遅島を訪れた人文地理学者秋野。実は秋野には悲しい出来事があったのだ。許婚者に死なれ、両親も相次いで亡くなり、恩師も先に逝ってしまった後に残された、資料。それが遅島の資料だったのである。
海うそ

 残された資料と遅島で知り合った山根氏の父親であり僧侶であった善照氏の文書を道しるべとして秋野は知り合った梶井と共に島内をめぐるのである。そしてその中で、その島が経験してきた壮絶な破壊の歴史や、僧、恵仁の悲しい恋の話や防塁を作るのに生涯をかけた良信の事を知ることになる。
 明治に入って起こった廃仏毀釈により、かつて修験道の島であり、多くあった寺院はことごとく破壊され、仏像などは海に投げ捨てられてしまったのだ。民家にあったかつての民間宗教の神棚も放棄され、その跡だけがうつろになっていた。
 また、神仏分離令によって島を追われた山根氏の父善照氏の話にいたったとき、神仏分離令の後に起こった廃仏毀釈により、とてもひどいことが当時の僧侶にされたということ。
 結局すべての寺院は跡形もなくなり、“そこにかつてあった“という気配だけが残っているのであった。秋野はその気配が”応える“(悲しさが心に響く)のであった。
 山根は言う。「君は、その続きを、これから探す事になるのかな。この世に、何か足がかりになるものを見つけて」そして「足がかりになるもの・・・・そうだな、新しい恋でも始めることです」この山根氏の言葉がこの小説のひとつのキモとなる部分だと思う。
 秋野が遅島での調査を終えた後、時代は戦時へと移っていく。戦後、かつて遅島で知り合った人たちは高齢や戦死などですでに亡くなり、秋野は80歳を越していた。息子が遅島の観光開発に携わっていることを知り、秋野は再び遅島を訪れることを決意する。しかし、そこは、かつての遅島のイメージは無く、廃仏毀釈にまさるとも劣らないような破壊と喪失が行われていたのであった。息子とともに、再び遅島をめぐっている間に秋野の思いは徐々に変化を遂げていった。
 かつての山根氏の住居跡に出来た現場事務所で見せられた木片、それには吾都「アト」とかかれ、それがなまって、かつては波音「ハト」と呼び習わしていたことが始めてわかり、50年前の遅島調査論文の締めくくりがようやくできたのであった。吾都(アト)という言葉は“吾が都”つまり、都を失った後、たどり着いたこの場所が“わがみやこ”であるという意味で、まさしく平家落人が使った言葉であったのである。しかし、もうそんな論文にこだわる必要は無かった。
“海うそ”(蜃気楼)。多くのものを失った後、唯一残っていたのはこの“海うそ”しかなかったのである。かつて山根氏が秋野に言った「色即是空の続き」は「空即是色」であった。いくつもの喪失を超えて高齢になった秋野が感じたことは・・・“(喪失とは)私の中に降る積もる時間が、増えていくことなのだった。“

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