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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

憧れだった東北

東北は遠い。そして神秘的、さらに憧れの場所である。昔(高校生の頃)よく買ってよんでいた “FMレコパル”という雑誌があった。そのなかに音楽好きな独身サラリーマンが年に一度か?東北へくつろぎに行くという漫画があった。それを読んで、へー東北っていいところなんだなと思ったのが東北に憧れを持った一番最初だ。

その後、いつかは放浪の旅に出たい。その旅のイメージはチープな車で地道をゆっくりと走って旅する。隣には奥さんが乗っている。そんな願望が頭のなかに描かれるようになる。そしてその目的の場所が東北。
さらに、松尾芭蕉の“奥の細道”の舞台であるとか、宮沢賢治のイーハトブだとか、森敦の“月山”の舞台だとか、藤沢周平がどうしたとか、おもひでぽろぽろのトシオの田舎はどこだとか、秋田には美人が多いとか、仙台の牛タンは旨いとか、そんな色々な要素が相まって東北を憧れの場所としてきたのだ。そして、定年になり時間が出来ると旧車を駆ってゆっくりと廻ろうと思っていた場所なのであった。
今回、東北に来ることに決めたのは、人生いつまであるかわからない。憧れをあこがれのままで死んでしまったらちょっと悲しい。そんな気持ちが働いてとうとう来てしまったのだ。
しかし、そんなことを言いつつも、白状してしまうと実は今まで東北へは何度か来ている。昔、職場の労働組合のレクリエーションで青森の角館へ、友人二人と車で十和田湖へ、家族旅行で仙台、松島、蔵王、遠野、花巻へ、更に震災支援で仙台に滞在中、山元町や、亘理町、石巻、南三陸へもいった。でも、山形だけは目的意識的にまだ来ていなかったのだ。そして山形といってもただひとつ、注連寺のみが一番行きたい目的地であったのである。
日常生活と変わらないくらいにあくせくと観光地をまわる。これでは一番大切な心のふるさとである東北をまわる姿ではない。もっと時間をかけて、無駄に時間をかけて、その目的の場所をじっくりと味わうことが大切だと、旅半ばにして反省をしているところであるのだ。(2014年8月26日記載)

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