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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

書評「背中の勲章」(吉村昭)

 第二次世界大戦で、アメリカ軍の捕虜になった一人の信号長の敗戦までにたどった道を書いた記録小説。
 この小説に限らず吉村昭氏の記録小説は綿密な取材と調査を元に作成されている。事実の記録といっても過言ではないと思う。この小説も、ご本人への取材を元に作成されており、細部にわたる心の動きなどがすばらしいリアル感を持って読者に迫ってくる。

 本土より720海里離れた太平洋上で、100トンにも満たない鰹漁船の信号長として配属された中村は、アメリカの太平洋艦隊を発見し、本土へ無線連絡する。無線電波を発射するということは、自分の存在を敵に知らすこととなり、その段階で撃沈されることが必須となる。言わば特攻の一形態とも言える。15名いた乗組員のうち11名は敵の攻撃により死亡。残る4名が俘虜となり、ハワイ、そしてアメリカ本土に送られ、収容所に収監される。背中の勲章とは与えられた囚人服の背中に白ペンキで描かれた“PW”という文字のこと。“Prizuner of Wor”の略である。
 当時、日本は国際的に取り決められた戦争捕虜の扱いに関する協定を批准していなかった。それどころか、「生きて俘虜の辱めを受けず」という戦時訓に基づき、生きていることは許されなかったのである。中村は元より、捕虜となったすべての者達はその当初、いかに死ぬかということしか頭になかったのだ。もし、自分が捕虜になれば、国に残してきた家族は揶揄され、生きて行けないという思いがあったのである。
 当初中村達は偽名を使い、尋問には協力せず、隙あらば自殺を試みていた。しかし、そのうちに、今は生きて、来たるべき日本軍のアメリカ上陸の時、背後からの支援をするために生きようと気持ちが変わってきた。日がたつにつれ、捕虜はどんどん増えてきた。ミッドウエー、ガダルカナル、ソロモン、そして沖縄、各地の戦闘でおびただしい捕虜が増えたにも関わらず、日本軍のアメリカ上陸という思いは決してなくなることは無かった。彼らには戦況は伝えられなかったからである。
 終戦になっても、それは伝えられず、知らないままに本土への送還となったのである。アメリカ軍の捕虜に対する対応はすばらしく、ドウリットル攻撃隊の米兵が捕虜になり即刻死刑となった日本のやり方とはヒューマニズムの点において大きく異なる。
 敗戦とは言わば日本国民全員が捕虜になったのと同等であり、外地で捕虜になり帰還した者に対しては同等であると思われる。しかし、帰還した彼らは肩身が狭かったのである。
 先の戦争では日本は負けてよかったのだと思う。天皇という独裁者及び、それを担ぎ上げる軍部の精神論これが日本国民を不幸のどん底に落とし込んだ原因であったのだ。
 今、北朝鮮の状況がかなり明確に伝えられるが、戦前の日本もこれに勝るとも劣らずのやりきれない状況であったのである。
 吉村氏はこのような場面も極めて冷静に自己の感情を抑えて淡々と小説にしたためている。そのため、この小説は非常に格調高いものとなっているのだ。

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コメントコメント


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我が尊敬する吉村先生のネタだと言うのに出遅れました。
>細部にわたる心の動きなどがすばらしいリアル感を持って読者に迫ってくる。
 記録文学と言うジャンルを切り開いた功績は絶賛されるべきでしょうね。
 単に綿密な調査記録だと文学にならないし文学でありながら想像や創作は許されずそれで居て読み応えの有る文学作品に仕上げるのは至難の業。
 徹底した調査と裏取りは昨年他界された山崎先生と双璧でしょう。
>「生きて俘虜の辱めを受けず」という戦時訓に基づき
 先の大戦での捕虜第一号は真珠湾攻撃に潜航艇で参戦した酒巻少尉ですね、その後は?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E5%B7%BB%E5%92%8C%E7%94%B7
 捕虜として成すべき事をした・・でしょう。

>ドウリットル攻撃隊の米兵が捕虜になり即刻死刑となった日本のやり方
 これはケースバイケースのお互い様の様で。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B7_%28%E5%90%B9%E9%9B%AA%E5%9E%8B%E9%A7%86%E9%80%90%E8%89%A6%29
 結局戦争には絶対的な善悪なんて存在しないのでは?と思います。
 例の広島の有名な碑文の解釈が時を重ねると共に変化しているのを見ていると興味深いものが有ります。

>冷静に自己の感情を抑えて淡々と小説
 これは小説に限らずとても大切な事、ともすると「先に結論有りき」でその結論に都合の良い事実だけ並べると嘘が本当になっちゃいますし、増してや捏造に想像拡大解釈等が入り込むから誤った歴史認識が蔓延し揉め事のネタになったりします。

うんちく | URL | 2014年01月19日(Sun)09:59 [EDIT]


うんちくさん
 格調高いコメントをありがとうございます。
>増してや捏造に想像拡大解釈等が入り込むから誤った歴史認識が蔓延し揉め事のネタになったりします。
 まさに現政権の憲法解釈ですね。そんなことをしていると、そのうち日本は詭弁ばかりの国になってしまいますよ。困ったものです。

四方山果無 | URL | 2014年01月20日(Mon)03:17 [EDIT]