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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

連載小説「松風寮の四季」第二章夏は夜 第2話 ホルモンや”腹一杯”

 松風寮の賄いは平日のみしかない。土日には寮生は外食か、厨房で勝手に自炊をしなければならない。実家が近隣の者は休日は家にかえって食事ということもできるが、山口の実家は兵庫県の西でありここ滋賀県大津市からは結構遠かった。
 寮生の古株はたいがい土曜日の夜は石山の街中にあるホルモン屋へ行くことを常としていた。目一杯飲んで食っても一人二千円ほどで済むため、30から50を過ぎたロートル寮生にとっては”屁”でもなかった。

 新規採用生の山口や藤木は薄給の身であるため、いつも土曜日や日曜日は夕方になると食堂に待機し先輩寮生がお出ましになるのを待つ。日頃は恐ろしい九腕や西、宮木が連れだって食堂に降りてくると、「へへっ、九腕センパーイ。今日は阪神タイガース調子いいっすよ!先程までみてたんですけど、ランディ・バースの一撃で満塁サヨナラ勝ちだったもんね。」そのあたりの話聞きたいでしょ?」「ささっ、私くしめが古館一郎に成り代わり解説してさしあげましょう。」とかなんとか、媚を売りつつ九腕に纏わり付く。宮木が、「おまえは土日の夕方だけはあいそがええからな。現金なやつやな。」と痛い所を突いてくる。
 藤木を含め、五人でぶらぶらと石山の街を歩き、寮より10分ほどの国道のガード下の店へ向かう。
 ホルモン鍋”腹一杯”という黄色い看板が目印のその店は、何の変哲も無い古びたビルの1階にある。きしむドアを開けると、中は五人掛けのカウンターと狭い座敷に四人用テーブルがふたつだけの店であった。カウンターの上にはこれも年代物の鋳鉄のガスコンロ、そのうえにはアルマイトの大きなヤカンが乗せてあり、蓋の透き間に棒温度計が差し込んである。これで日本酒の燗をするのだ。九腕や西、宮木はこの店の常連であり、若いマスターとは顔見知りである。
 四人掛けのテーブルに無理やり五人が座り、まず頼むのは生ビール、そして、特上塩タン。テーブルの上に置かれたガスコンロに四角い鉄板が置かれ、塩が振られた薄切りのタンが出てくる。鉄板の上にそれを乗せ、じっくりと焼いていると、「こら!山口、はよ食わんかい。」と宮木、「でもまだ裏が焼けて無いけど。」「あのなー、塩タンは裏表をサッと焼いて半生で食うのがうまいんや。」どうりで山口が1枚焼く間に西や九腕は三枚も4枚も食っているのであった。九腕達にとって、塩タンは、いわゆる前菜のようなものだ。
 さてお次は焼きホルモン。四角い鉄板に変わって今度は丸く、中央部分が山のように盛り上がったジンギスカン鍋がコンロに掛けられる。上ミノ、バラ、タン、ホルモン、センマイなどが出てくる。この店のたれは、さらりとしたポン酢のような感じで、ゴマが浮かんでいる。このあっさりとしたたれに、摺り降ろしニンニクをたっぷりと入れる。これがもうたまらなくうまい。山口はこの店でこの味をおぼえてからは、実家にかえってたまに焼き肉をする時でも、市販のどろりとした”たれ”は使わなくなっていた。
 山口は就職するまでホルモン焼きというものを食べたことが無かった。しかし九腕達に、ここ”腹一杯”に初めて連れて行かれた時からもう病み付きになっていたのであった。
 いつも、豪放で乱暴な九腕先輩は実は緻密で世話好きなのである。鉄板の上に乗せたホルモンをせっせと裏返している。自分が乗せた分だけではなく、他の者が乗せたものもだ。要するに世話焼きなのである。多分、鉄板の上で焦げてゆく肉を見ていられないのだろう。おかげで山口達他の連中は、焼けたものを自分のタレ皿に運び、食うだけなのだ。
 飲み物は、いつの間にか燗酒になっている。昔ながらのマホービン型ポットに燗酒を入れて出てくる。それをガラスコップについで飲む。地酒の”萩の露”だ。何の変哲もない、有名でもない、どちらかというと、チープなイメージのこの酒が、ここではホルモンにとってもよく合うのである。生レバーや生センマイ、ユッケも注文して、ロートル寮生はますます盛り上がる。話題は何か?と言うと、競艇や競馬のギャンブルの話、パチンコの出る台の話、山口や藤木が知らない、昔の職場や仕事、そして松風寮の話であった。天井に近い所に棚があり、そのうえでは小型テレビが、終わったはずの阪神巨人戦をやっていた。
 ホルモンフルコースの最後のシメは、ホルモン鍋。今度はコンロにステンレスの鍋がかけられ、その中には、ホルモン、センマイが入っており、煮立ったらそこへうどん玉をぶち込む。煮込みホルモンのダシが染み込んだうどんは、最高である。あー、この世の天国とはこんな場面を言うのだろうな。ビンボーな山口は心底幸せを感じるのであった。

(この物語はフィクションであり、登場する、人名、団体名は全て架空のものです。しかし、架空といっても、何だかこんな情景あったなー・・・とか、こいつ知り合いに似ているな・・・・なんて思うこともあるやも知れません。が、それは単なる妄想です。そんなことあるはずがありません。決してありませんっ!)

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