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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

連載小説「松風寮の四季」第一章春はあけぼの 第2話 挨拶回り

 寮に荷物を運び込んだ数日後の4月1日、桜吹雪の中で、盛大に入社式が行われた。山口と同期で石山支店に入社した新入社員は3名、となりの大津支店は2名であった。そのうち山口を含む4名が松風寮に入寮したのだった。
 大津支店に配属された同期の藤山に、例のドアの穴のことを聞いてみたが、郵便物でも入れる穴じゃないの・・・と気楽なものである。

「郵便物っても、あんな大きな穴はいらんのとちゃうかな?」
「なら小包でも入れるんやろ。」
「いや、ちょっとまてよ、郵便物は玄関に部屋番号が書かれたポストが並んでいたぞ。」
「ほんなら一人暮らしで病気になり苦しんでる時にうめき声が聞こえるように穴をあけてんねやろ。」
「何言うてんねん、そんなら女の子を連れ込んでエッチしとる声もまる聞こえやないか?」
なんてバカな会話を交わしながらもあんまり穴のことは深刻には考えていなかった二人であった。
 入社式が終わり、新入社員はその日は早々に寮に帰り、荷物の整理をすることとなった。
 山口は大した荷物もなく、壁際に座卓を広げ、座布団をひとつ置き、ファンシーケースを組み立てる。入社式に着ていった1着しかない背広をそれに収納し、普段着に着替えた。そして、万年床を部屋の真ん中に敷くと山口の生活拠点は完成した。
 夕刻、先輩寮生が帰ってくる頃、藤山と二人であいさつ回りをしようと言っていたので、藤山の部屋へ行く。藤山の部屋をノックするが返事がない。ドアノブを回すとドアは開いた。しかし部屋の中はからっぽで生活必需品とおぼわしき物は何もない。一瞬部屋を間違えたのかと思った時、押し入れの中から、いびきが聞こえてきた。そろりと押し入れの戸を開けると、藤山が大いびきをかきながら熟睡中であった。
「おい、あいさつ回りに行くぞ。」と藤山を揺り起こすと、眠たい目をこすりながらここはどこだ?と聞く。「こら、しっかりせえよ。今日から住む寮やないか。」藤山は渋々と起き出した。藤山は家が貧しかったせいか、あんまり広い部屋では不安でしかたないらしい。この高々4畳半の部屋でもだ。部屋の中には何もなく、すべて家財道具は押し入れに収納していて、彼自身も押し入れの中で寝ていたのだ。山口は藤山のことを変わったやつだと思ったが、実はこの寮生にはもっと変わったやつがたくさんいることを今の山口には知る由もなかった。
 藤山と共にまず4階から回る。夕方6時過ぎという時間は残業していてまだ帰っていない寮生も多い。4階の端、自分の部屋の隣から順番にノックしていったのだが、あんまりひとけがない。そして、4階の最後の部屋である408号室にたどりついた。確か山口のいる支店の経理課長の坂下だ。山口はまだ面識がない。
 ドアをノックするがなかなか出てこない。何度目かのノックの後ゆるゆるとドアが開かれた。そこに出て来たのは、白髪、白い髭のまるで仙人のような風貌をした男であった。少々引きながら山口はあいさつした。
「おじゃまします、新規採用で石山支店に来ました山口です、今日からこの寮でお世話になります、以後お見知りおきを。」続いて藤山が、
「同じく新採の藤山です、大津支店です。」
「おう!新採か。よう来たな”この寮“へ。ま、いろいろ大変やけど我慢しいや。」
「あ、あのー、何か大変なことがあるんですか?」
「あ、いやいや、新採は大変やろと思ただけや。気にしんときや。ははは・・・。」
坂下は何だかひきつったような顔で、白髪頭を掻きながら早々にドアを閉めてしまった。
「何やろ、大変て?」
心配そうに藤山が聞く。
「さー?きっと心配性の人なんやろ。」
次、301号。と、少々とばして行く。
そして305号、ノックをすると髭面の男(あ、男しかいない寮なのでわざわざ男と言わなくてもいいのだが)が出て来た。石山支店の設計主任の宮木だ。
「新採の山口です。」「藤山です。」あいさつも数をこなすと馴れてくるものだ。特に藤山は、ほとんど山口のあいさつの後で自分の名前を名乗るだけだ。
「おう、新規採用か。あしたから精々ビールを飲んでや。」
「へ、ビールただで飲めるんですか?」
「おまえはアホか!どこの世の中にただでビールのませてくれるとこがあんねん!」
「食堂の冷蔵庫に一覧表が張ってあるやろ。缶ビールと、ワンカップが冷蔵庫に冷やしてある、飲んだら表の自分の名前の欄にまるを付けておくこと。給料日に集金するからな。付け忘れはあかんで!最近はわざとつけへんやつがおる。」と、まるで犯人扱いだ。
「そんな、ただ飲みなんてしませんよ。いただく時はちゃんと付けますから。」
「頼むで、こっちはボランティアでやってるんやからな。」
「あ、わし、寮の会計もやっとるから毎月25日は食堂で寮費集めとるからよろしくな。」
不精髭だらけの顔に似合わず几帳面そうな人である。最も見ようによっては実は吝嗇な人かも知れない。
 302号は同期の新規採用だからパス。お次は303号室。しかし留守が多い。ま、年度始めのお得意さん廻りもあるだろうからかも知れない。
 101号室、西さん。先日寮母さんに聞いた話だが、西さんは、10年前、この寮が出来てからずっとこの部屋に居るという。とするともう30歳をすぎているのだ。随分年輩の寮生が多いな。と藤山。西さんはこの寮の寮生の中では寡黙な方だ。今は大阪本店まで通っているという。
 さて、とりあえず在室の寮生へのあいさつは終わった。残りは追い追い廻ろうということでいったん部屋へ引き上げたのであった。
 さて、寮生活初日の夜、事件はいつも唐突に起こる。山口が万年床に入ってうとうとと眠りに入ろうとしたまさにその時、耳元で大きな破壊音が聞こえた。山口はあわてて跳び起きたが、勝手の分からない新居。窓にはまるで舞台の緞帳のような暗幕、いや、カーテンがかかっており漆黒の闇の中、二度、三度と破壊音が間近で響き渡る。4度目の音でとうとうドアは蹴破られた。ドア下には大穴が開き、キックに耐え切れなかったドアロックは悲しくも壊れてドアは開いていた。全身金縛り状態の山口が見た物は、廊下の電灯でシルエットになった悪魔(実際、山口の部屋のドアのところに立っているものは悪魔にしか見えなかった)であった。
その悪魔が大声で叫ぶ。
「お前はだれや!」
「ぼぼっ、僕は、き、今日入寮しました石山支店の、や、山口です。」
酒臭いにおいを撒き散らしながら、悪魔は部屋に入り込んで来た。それは207号室九腕さんだった。ちょっとこわもての大津支店の経理課長。それなりに年配である。独身寮というから独身なのだろうけど随分年輩者が多い。九腕さんはエラが張り額に皺がよっていて、べらんめえ言葉でしゃべる。
「新採のくせに挨拶なしか!」
「ちょっと来い!」
「あの、挨拶に伺ったのですがご不在だったので明日にしようかと・・・」
「つべこべ言うな!来いっ!」
九腕はツバを飛ばしながら山口を万年床から引っ張り出した。
 恐る恐る悪魔、いや九腕についてゆくと、408号の坂下を連れ出し、207号の自分の部屋に入って行った。後を付いて入って行くと、部屋の中は意外と片付いており大きなベンツのフロントマスクが飾ってある。へー、零細建設会社でも、課長にもなればベンツに乗れるのか・・・と見ていると、それはヤナセに勤めている兄貴からもろうたものや、とのことであった。単なるコレクションである。そうだろうな、こんな零細企業の課長ぐらいでベンツには乗れんだろうな。山口は一人納得していた。
 部屋に連れ込まれた山口は湯飲みに日本酒を注がれて、飲め!と言われた。日本酒のラベルには”萩の露”と書いてある。このあたりの地酒だろう。日本酒が苦手な山口が、チビチビと日本酒をすすっていると、
「グッと行かんかい!」と九腕に強要される。とりあえず茶碗を空けると、また、九腕は一升瓶から山口の茶碗に日本酒をなみなみと注ぐ。
「あ、あの、私、お酒はたしなみ程度にしか飲めないので・・・」
と言うが、九腕は許してくれそうにない。自分でも注ぎ、坂下にも注いでいる。そして、自己紹介をしろという。
「あ、あのー、本日付けで、石山支店に配属されました山口と言います。まだ何もわかりませんがどうかよろしくお願いします。」と言うが、九椀はかなり酔っていて、あまり聴いていない。しきりと「お前は誰や!」と「自己紹介せんかい!」ばかり繰り返し、その合間に日本酒を山口の茶碗になみなみと注ぐのであった。
 夜も更けて来たころ坂下が新採だしぼちぼち許してやったらどやねん?といって助け舟を出してくれたので、ようやく山口は解放されたのである。
 なんだか大変な所へ来てしまったな、と、少々ふらつく頭で思いながら自分の部屋へ帰ったのであった。

(この物語はフィクションであり、登場する、人名、団体名は全て架空のものです。しかし、架空といっても、何だかこんな情景あったなー・・・とか、こいつ知り合いに似ているな・・・・なんて思うこともあるやも知れません。が、それは単なる妄想です。そんなことあるはずがありません。決してありませんっ!)

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コメントコメント


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昭和46年3月末日、希望に胸をふくらませて、田舎者が上京して大学生活を始めた所が、
品川区高輪の岡山県人寮でした。近くに高輪プリンスHのある、閑静な住宅地に完成したばかりの建物でした。
入寮の最初の儀式が先輩(この人はW大学の6年生で旧寮のOB)より盃をもらうこと。
何度もトイレへ駆け込むほど、酒をあびせられました。・・・・・
2週間ほどたって部屋がきまって(2人部屋)、相方が決まったのですが、これまた運悪く当時ラジカセが
出始めたころで、そのボリュ-ムを目一杯あげる癖のある人で、これに参って6月終わりころ、
前期試験の前に、寮を出てしまいました。寮費は2食付で1万円ほどで安かった記憶があります。
次に越した先が世田谷区で此処も閑静な住宅地でした。・・・・という記憶がよみがえりました。
ちょっとながくなりました。


のらくん | URL | 2012年06月09日(Sat)14:43 [EDIT]


のらくんさん
 学生寮も職場の寮もそうですが、その気風に合う合わないで、随分居心地が異なるものだと思います。特に昔のように一人部屋でない場合は辛いですね。「ライ麦畑でつかまえて」を思い出します。
 私の場合は学生時代は下宿屋で、就職してからは個室(フロ・トイレ・食堂その他は供用)でしたからまだ良かったのですが、もっとも鈍感な方なので、雑魚部屋だと他の人に迷惑をかける方だったのではないかと思います。
 良きにせよ悪きにせよ若い頃の思い出は懐かしさと共に慚愧の念に耐えないことばかりでした。あー恥ずかしい。

四方山果無 | URL | 2012年06月09日(Sat)18:09 [EDIT]


会社に入って色々と思うことがあります。
「わしの酒が飲めんか!」「飲みュニケーション」などと言っていた輩は、定年前や退職後になる頃に身体が悲鳴を上げて、病院行きとなっていたり、三月には早期退職された先輩があっと言う間に脳梗塞で逝去しました。
酒が悪いとは言いません。私も飲みますから。しかし程ほどと言う言葉があります。
タバコも似たような感じです。止めてもヘビースモーカーの人は喉や肺を傷めていて、ゴホゴホと咳とは異質な咳き込みをしています。

私は若い頃からジョギングをずっと続けていたのですが、やり過ぎて、右の膝を傷めました。走ると痛くなってきて、53歳の頃からは走るのを止めました。

できることなら無理をせずに生きていきたいと思っています。

リバー | URL | 2012年06月11日(Mon)20:00 [EDIT]


リバーさん
 ”過ぎたるは及ばざるがごとし”ですね。若い頃は多少無理をしても、次の日には復活していましたが、歳を経るとそうは行かないものだと思います。私の場合は昔、山登りなぞしていましたが、今でも多少ならいけると思っているのですが実際に行ってみると周りに迷惑をかけるのではないかと思ってしまいます。気持ち(いきごみ)だけではだめだと思います。

四方山果無 | URL | 2012年06月13日(Wed)00:15 [EDIT]