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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

連載小説「松風寮の四季」第一章春はあけぼの 第1話 入寮

 京都府宇治市の貨幣の絵柄で有名なお寺を過ぎると曲がりくねった山道が続く、都市近郊には珍しいアーチ式ダムの横を過ぎると左横にはダム湖の湖面が見え隠れする。湖岸の道には幾筋ものタイヤが滑った黒い轍がついている。ここはどうやら峠道レーサーのメッカのようだ、高校時代の近所の友人に頼み、4月から務める職場の独身寮へ荷物を運ぶのを手伝ってもらっている。というより、近所の友人で車をもっているのがそいつしかいなかったので、必然的に頼む相手はそいつしかいなかったのだ。

 友人は気持ち良くタイヤを鳴らしながら鼻歌交じりでワインディングロードのドライブを楽しんでいる。
 元々物を積むには不向きなサニークーペの狭い後席とハッチバックの中は自分の荷物で満載だ。といっても荷物なんてそれほどあるわけではない。布団のかたまりと学生時代に机がわりに使って居た折り畳み座卓、組立式のファンシーケース、そして身の回りの物をつめた大きなカバンがひとつ、たったそれだけなのだ。
 大きなアーチ橋を渡り、ダム湖は右手になる、曲がりくねった道も終わり、少し視界が開けてきた。いつの間にかダム湖は川の流れとなっている。水田や住宅が川越しに少し見えてきた。再び都会に近づいてきたのだ。やがて大きな寺の前を過ぎ、新幹線や道路の高架をくぐった所に茶色のコンクリート造の建物が見えてきた。
 横の駐車場に車を入れてエンジンを切る。建物は4階建で、そんなに古くはない。1階のテラスのある部屋は食堂だろう。なかなか快適そうな寮だ。土建屋の職場の独身寮、そこから想像していたイメージはプレハブ造のすきま風が吹き込んでくるような所かと思っていたのだが、そんな想像とは裏腹の立派な建物であったことに安心した。山口は自分の前途が開けたような嬉しい気分に浸りながら、この寮での自由で楽しい生活を夢想していたのであった。自分を待ち受けて入るおぞましい日々なぞ露ほども思わずに・・・・。
 建物を眺めて妄想に暮れていると食堂のテラスのガラス戸が開き、中から割烹着を着た50代後半と思われるおばさんが出て来た。「新規入寮者の山口です。」とあいさつすると、おばさんは「寮母の畠田どす。よろしゅうに。」と京都弁で話した。おばさんは京都の人なんですか?と尋ねると、「いいえ、昔から滋賀県ですよ。」と答える。そうか、大津市あたりでは京ことばの影響をうけているのかと勝手に解釈する。寮母の畠田さんは、寮の中を案内してくれた。松風寮は10年ほど前に建てられた寮で、大津市内にある二つの支店の共用の寮だとのこと。現在30部屋あるうちの25部屋は埋まっていて残る4部屋が今年転勤や新規採用で入ってくる者の部屋だという。ん、?数が合わない?じゃあもう1部屋は寮母さんが入って入るんですか?と聞くと、なんだか口ごもっている。寮母さんは管理人室に起居しているとのことだったが、結局残る1部屋は何なのか聞きそびれてしまった。
 階段を4階まで上り、その一番奥の部屋の前に立つ、廊下を挟んでドアがあり、それを開けると非常階段になっていた。「山口さんの部屋はここどすえ。」と寮母さん。寮の部屋は四畳半の個室で風呂、食堂、トイレは共用である。ま、時代的に見てごく一般的な構成だろう。昔は4人部屋や6人部屋という時代的もあったようだから、個室であるだけでもありがたく思うべきだ。自分自信のプライバシーが守られるからな・・・。
 広い掃き出しの窓からはゆったりとした瀬田川の流れと鉄道の鉄橋が見えていてなかなか雰囲気がよい。下の方を見ると瀬田川から続いている舟だまりがあり、屋形船が5、6槽もやってある。隣の料理旅館の舟だとのこと。なかなか風情のある風景だ。
 部屋のなかでひとつ異様に感じたのが窓にかかっている暗幕であった。それはどの部屋にもかかっているようで、それを締め切ると、室内には全く光が差し込まない。畳とのわずかな透き間に光が漏れているだけである。なんでだろう?ま、大したことでもないし・・・。
 部屋を案内してもらった後、廊下を歩いているとき、何げなくドアの下を見ると、あれっ?どの部屋のドアにも下の方に穴が開いている。中にはベニヤ板を打ち付けて補修してあるのに、そのうえから更に穴が開けられている所もある。部屋の中が見えるほどの大穴もある。寮母さんに聞くと、相変わらず口ごもっている。山口の頭にはほんの少しの不安がよぎった、この不安は、数日後、入寮した初日に現実のものになることを当然のことながら山口はまだ知らなかった。

(この物語はフィクションであり、登場する、人名、団体名は全て架空のものです。しかし、架空といっても、何だかこんな情景あったなー・・・とか、こいつ知り合いに似ているな・・・・なんて思うこともあるやも知れません。が、それは単なる妄想です。そんなことあるはずがありません。決してありませんっ!)

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コメントコメント


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あはは♪その付近によく使う研修所が有りましたヨ(遠い目)。
 所でワタシは卒業後即東京の寮におりましたが6畳に蚕棚ベッドが4つ。
さながら潜水艦状態ですた(更に遠い目)。

うんちく | URL | 2012年06月02日(Sat)00:51 [EDIT]


四方山さん

この話の続きはありませんか?
読みたいですね・・・。いいですよ。
昔の下宿生活を思い出しました。

のらくん | URL | 2012年06月02日(Sat)18:23 [EDIT]


うんちくさん
 私たちより少し前の先輩達は良くて二人部屋、普通は4人から6人部屋だったそうな。
 今ではワンルームマンション形式にしないと新規採用生もやってこないとか。時代はかわりました。

四方山果無 | URL | 2012年06月02日(Sat)18:31 [EDIT]


のらくんさん
 いつも駄文につきあっていただきありがとうございます。一応週刊でアップさせていただこうかな・・・と思っています。(書くのが遅いもんで・・・)
 あまりのくだらなさにサジをなげられるかも知れませんがま、ひまつぶしにでも。

四方山果無 | URL | 2012年06月02日(Sat)18:33 [EDIT]


寮に入ると、先輩方が・・・。で月に一度くらいしか会わないのです。朝出る時に、確かに車はあるのです。で、聞くと夜の帝王状態だったそうで、これだと会わない筈です。

木造からコンクリートの寮に移ってから、一気に寮生が増えると、これまた汚いのから、酔ってドアを蹴るのから、色々といました。
今、それらの輩は定年を迎えています。寸暇を惜しんで勉強をすることもなく、ただのんべんだらりと人生を過ごして、それでも先輩面だけは忘れていないのです。
ひとそれぞれです。

寮の生活では良い思い出はありませんでした。

リバー | URL | 2012年06月03日(Sun)20:51 [EDIT]


リバーさん
 世の中にはいろんな人がいて普通と思わなければなりません。
 ステレオタイプの人ばかりだと世の中おかしくなります。
 かの寮も、日々まじめに自己研鑽している人も居れば、日々ギャンブル狂いという人もおりました。しかし、犯罪を犯して警察にタイホされるなんてことはありませんでした。これだけでも、まだ”まとも”かも知れません。
 どのような場所でも、どのような人々でも、慣れ親しむ事が出来れば新たな世界が見えて来ると思います。
 あ、親しむのと流されるのとは違いますからね。

四方山果無 | URL | 2012年06月05日(Tue)00:20 [EDIT]