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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

懐かしの石山

 仕事で、滋賀県大津市の石山へ来た。今を去ること30年前、新規採用で配属されたのがここだった。
琵琶湖から流れ出る瀬田川を下ったところに琵琶湖の水位を調節する堰がある。そこで5年間過ごしたのだ。独身寮がJR石山駅近くの瀬田川縁にあり入寮して最初の夜は鉄橋を通る電車の音で眠られなかったことを思い出す。
懐かしい寮

 石山駅周辺は随分変わっていた。京阪電車の石山駅が少し西へ移動し、JRから、高架で乗り継げるようになっていた。駅からかつていた職場までワゴン車に乗せてもらい移動したが、5年間バイクで通った石山寺の前を通る道は広くなり走り安くなっいたが、沿線の風景は昔とあまり変わらない。ゆったりと流れる瀬田川、その後ろには緑美しい小山が連なる。懐かしい風景だ。職場の建物は私が居た時に増築され、元々の建物は化粧直しされた。しかし30年間の歳月を経るとそれなりにくたびれて来ている。建物の改装と同時にできた隣接する小さな公園は、雑草が伸びて少々物悲しい。昔よく行っていた、近所の喫茶店も今は店を閉めてしまっていた。
事務所
 堰を制御して琵琶湖からの放流量を調節する制御装置は、私がいた時代(初代)のものから数えて3代目であるが、近々更新されて新しくなる予定だとのこと。電子機器の寿命は短いものだ。
 事務所の中にある無線室や操作室、電算室、電気室などを見て回り、自分がそこに居た時の痕跡が何かないかと探すが、本当に何一つない。すべての設備は更新され、かつては広大な部屋で堰制御用のパナファコムのミニコンや多くのインターフェイスの機器が入って居た電算室も今は見知らぬ機器で満杯状態だ。自分の発案で確保してもらった、測定器を置いておき、故障した機器を修理する保守室も、無停電電源と蓄電池が占領していた。まーこれが時代の流れなのだろうな。
 別棟の電気室も中身の受変電設備や発電機はすべて新しくなっていた。そんな中で唯一発見した昔の痕跡、それは、壁に張り付けて居る放流量変更操作の記録を書き込む表だった。かつて新規採用の電気通信職員が堰操作を行った都度、その表に記録して居たものだ。この習慣だけは連綿と受け継がれて居るのだ。ちょっと感慨深かった。
瀬田川洗堰
 この事務所は石山の町中から、ずっと南、石山寺を越えてまだ南にある。瀬田川と流入する支川の大戸川が合流する所にある。近くには小高い大日山があり、遠くにはかつてははげ山であったという田上山が、今は緑の樹木に覆われているのが見える。田上山は”湖南アルプス”といわれ、東海自然歩道のハイキングコースがある。堰で止められた翠の水面、山の緑そして公園、のんびり、ゆったりとした風景で、落ち着く場所なのだ。この風景は30年たってもあまり変わってはいないのだ。
上流より 旧堰
 2日目、車で堰の下流にある、大石という所にある放流警報局を見に行く。途中に厄よけで名高い立木観音があるのだが、ここも思い出深い所なのだ、当時この職場にいたとき陸上部が出来た。陸上部といっても目的はひとつ、宇治や地元で行われるマラソン大会や駅伝に出場することだ。そのために、いつも昼休みには仲間2人と走って居た。設定した練習コースが4つほどあり、その日の体調によってコースを選ぶのだ。一番短いのが、大戸川往復コース、これは約3キロ、次は田上の田甫道コース、約4キロ、三つ目が立木観音山登りコース、これがきつい!立木観音は瀬田川べりから上る長い石段がある。実はそれとは別に裏山の山道を上るコースがあるのだ。上りは裏山を行き、立木観音に着くと参拝してから長い石段を下る。さらに大石から関の津峠を越え、田上にぬけ事務所に帰るのだ。このコースは8キロほどあり、昼休みいっぱいかけて走って来て、すこし休憩してからでないと昼食が食べられないくらいきつかった。30年前のそんなことが懐かしく思い出される。
 大石の後は、上流の琵琶湖と瀬田川の分かれ目の所にある玉の浦の警報局を見に行く。ここは、瀬田川の左岸、JR東海道本線の鉄橋の近くだ。ここからは、かつてすんで居た独身寮が対岸に見える。4階建ての鉄筋コンクリートのその寮は、塗装が剥げ、外観はずいぶんみすぼらしくなってしまっていた。今は6名しか入居していないとのことで、近々廃止されるかもしれないという噂もある。しかしそれは寂しいことだ。自分が就職して初めて住んだ寮であり、青春の真っ只中を過ごした所なのだ。かつては寮母さんが住み込みでいて、賄いもついていた。怖くて優しい多くの先輩に日々、酒を鍛えられていた思い出深い寮なのである。この寮での生活を語り出したら一晩くらいでは終わらないほどのエピソードがある。(人に言えない出来事も実は山ほどある)時代の流れとは言え寂しい限りだ。
琵琶湖

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コメントコメント


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最初の赴任地って特別ですよねぇ。
仕事をする上でも、その環境が基準になりますし、現地の人を嫁さんに貰う確率は50%はあるでしょうか?

Gやん | URL | 2011年11月20日(Sun)04:52 [EDIT]


Gやんさんの仰るとおり!
とにかく語り尽くせぬ思い出があります。
その思い出の多くはギャッ!と叫んで穴に入りたいような恥ずかしい話しばかりです。
大失恋もしましたしね。
お世話になった寮母さんはもう80歳過ぎていると思いますが毎年年賀状をいただきます。
”寮の主”的住人は今だに寮に起居し、今年度末で定年退職されると言うことを聞きました。
青春期でも書いてみようか・・・・。

四方山果無 | URL | 2011年11月20日(Sun)07:22 [EDIT]


池上線と

>語り尽くせぬ思い出が
 ワタシも同じくです、最初は会社の寮でしたが6畳に4人が寝起きですもんね、「潜水艦かっ!」状態でして早々に逃げ出して借りたアパートは4畳半一間でトイレも流しも風呂も無い家賃7千円の幽霊アパートでした。
 近所には神田川ならぬ多摩川が流れてましてネ・・シクシク・・殆ど「神田川」と「池上線」をミックスしたみたいな生活ですた(ウルウル)。

四方山さん回想
>穴に入りたいような恥ずかしい話
 で?入たいような恥ずかしい話もですか?(嗚呼!一字違いで大違い)。
 すんませんm(._.)m不謹慎発言削除して戴いても文句言いませんから。

欠食児童 | URL | 2011年11月20日(Sun)17:22 [EDIT]


欠食児童さん
>?入れたいような恥ずかしい話もですか?
な、なんと大胆な発言。そんな・・・とても恥ずかしくって言えません。
もう、欠食児童さんは存在自体が不謹慎?なんだから。

四方山果無 | URL | 2011年11月20日(Sun)23:36 [EDIT]