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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

書評「何が私をこうさせたか」金子ふみ子

著者は、戦前の1923年関東大震災の際、朝鮮人である夫の朴烈とともに、皇太子暗殺計画の罪で検挙された女性だ。
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関東大震災の時には想像もできないような流言飛語が飛び交い、それまで日本人が虐げて来た朝鮮人が暴動を起こすという恐怖から、多くの罪もない朝鮮人の虐殺が起こった・・・ということを何かの本で読んだことがある。そのような社会背景の中で、夫が朝鮮人であるということも相まって、当時の警察が有りもしない事件をでっち上げたという説がある。更に金子ふみ子は投獄され、死刑判決が出て後に無期懲役刑に減刑されたその後、拘置所内で首をつって自殺した。若干24歳の若さでである。この出来事も標題の自叙伝を読むにつれなんとなく不自然さが募ってくるのである。
金子ふみ子のこの自叙伝はわかりやすい平様な文書でつづられており読みやすい。ほんのちいさな子供の時から、身近な者達より、いかに酷い仕打ちを受けて来たのか、そして、そんな仕打ちの背景にはその当時の社会のありようが影響を与えているということ、そんな内容が冷静に淡々と記録されているのである。
封建的父権制社会、貧富の差、階級意識とそれに基づく差別、そんな社会のなかで、社会的責任を負わない入籍の無い結婚、そしてその間にうまれた戸籍も与えられない子供、それが金子ふみ子であった。話しはとぶが、何年か前、中国において「一人っ子政策」の元で多く出現した戸籍のない子供達。日本人の多くはこのことに対してなんて中国はひどい国なのだという感情を持ったと思う。しかし、1世紀にも満たない前、日本もそれほど違わない国であったのである。
しかし、よくこの手記が残っていたものだと思うのである。生い立ちの部分のみを書き、本当に重大な検挙前後の事を書かなかったから残ったのかも知れない。その時々の社会の不都合な部分、これを残し、反省し、改革していかない社会には未来が無い。当時そんなことが恐らく許されないであろう時代にせめてもの社会のありようを後世に残してくれたこの自叙伝は本当に貴重なものであると思う。
自叙伝のタイトル「何が私をこうさせたか」はまさに検挙されるに至った背景、生い立ちが延々とつづられているのだ。
逆境にあっても強く、正直に、まじめに生き、強い向学心と、聡明さを持った素晴らしい女性であると思う。そしてその対称的なものとして、当時の腐臭にみちた社会や権力者の汚さ、姑息さ、そういったものが彼女の文章の行間から見えてくるのだ。生きながらえていれば社会に対して良い方向で大きな影響を与えたであろう彼女の早逝が惜しい。
(1984年2月発行の筑摩叢書には鶴見俊輔が解説を書いている。)

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