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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

震災対応応援日誌(その8)北上川

3月11日に発生した東北地方の大地震により被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。また、不幸にしてお亡くなりに成られた方々のご冥福をお祈り致します。
 4月4日より約10日間、東北方面へ震災対応の応援として行って来ました。差し障りの無い範囲で現地の状況や感想などをアップさせていただきます。

帰りの交通機関の都合で、仙台滞在が1日伸びた。また、飛行機で帰る予定が車になってしまい上越にて更に1泊の予定、都合2日伸びてしまった。
 今日は朝から、後任の中国のTさん、中部のKさんに引継ぎをする。昨日引継ぎ書を作成しておいたので、報告書の打ち出しのサンプルにより、10時すぎまで説明し、中部K氏のレンタカーで、新北上川河口付近の両岸に設置されたSNG(小型衛星通信設備)の点検及び、石巻市の日和山公園にあるCCTVカメラの点検に出る。
 仙台市内は随分混雑しており仙台東ICへ向かうが、駅前で大渋滞。国道45号に戻り、仙台港北ICから、三陸自動車道に乗る。三陸自動車道は地震の影響で段差がある、アンダーパス等のボックスが下にある箇所はその前後の地盤が沈下し段差となっているのだ。大きい段差は応急処置がしてある。側壁部分を見ていると段差の大きいところでは20センチ近くもの差がある。
 河北ICで降り、道の駅「上品の郷」にて昼食。そこから、国道45号で新北上川に向い、まず、北上川左岸の機器を点検に行く。左岸の堤防道路は1箇所は土砂くずれの復旧工事で通行止め、もう1箇所は堤防補修工事で一般車は通れない。新北上川大橋というトラス橋が河口から4キロ程上流のところにあるが、津波の影響で左岸側2経間が流されていた。鋼材の桁は50mほど下流まで流されており津波の力の大きさがうかがえる。川の中には流されて来た船舶が漂っており、高水敷にも小舟が取り残されている。このあたりはユリカモメやトンビがたくさん舞っている。
流された橋 流された橋2 流された方
 河口から2キロ付近にある月浜第一水門の堰柱の上に衛星通信機器とテレビカメラが設置されており、堰柱の歪んだ鉄扉を開け、急なハシゴを上って行く。途中の水門ゲート機側制御盤のある小部屋に衛星通信機器の屋内ユニットが、そして堰柱の上にアンテナとテレビカメラが設置されていた。2週間前に近畿のY係長らが設置したパラボラアンテナは埃にまみれていた。早速テレビカメラのレンズの清掃を行う。堰柱の上から住宅があったであろう方角を見ると、もうひとつある水門は完全に破壊され、民家は跡形もなく無くなっている。河川敷側では大型のヘリコプターが低空でホバリングしている。恐らく被災者の捜索をしているのであろう。そういえばこの日は2台も霊柩車を見た。
SNG2 2階だけ残った言え
 作業写真を撮影し堰柱を降りる。水門のゲートは一見無傷のように見えるが、堰柱間を渡る管理橋は津波の圧力で大きく湾曲し、床の鉄板は曲がってめくれ上がっている。ゲートの周辺には布団や板切れなど、引き水で持ってこられたのか多くの物が浮かんで居る。管理橋の上にはどこかの土産物なのかこけしの飾り物が落ちて居た。ふだんは、生活臭のない無機質な施設にこんな物があること事態異常な光景である。
 衛星通信機材への電源供給は、管理用道路の上に止めた照明車の発電機より供給されていた。
壊された欄干
 堤防の住宅地側にある水門操作のための鉄筋コンクリートの建物は、基礎部分が洗掘され周囲の土砂が無くなり、浮いて居るように見える。電線の配線に使うマンホール下部から、多くの電線管が露出している。ドアは内側に曲がっており、すき間から中に入ると、堤防道路の舗装盤だったのであろう、アスファルトの大きな固まりが中に入り、予備発電機を壊して居た。
流された土砂 流されて露出した電線 壊された発電機
 石巻市北上支所が近くにあり近畿の衛星通信車が運用しているのでいって見る。左岸を更に5キロほど下るが、建物は何も無い。ガードマンに聞いて見ると、先程の水門の近くにある丘の上の施設に移転しているという。そこへ行くと自衛隊の車両や、ソフトバンクの衛星通信車両があり、ユニック付きトラックのブームを延ばし、携帯電話の中継所を開設していた。
 その一角に、関東の災害対策本部車、パトロールカーと共に近畿の衛星通信車がいた。近くまで行くと、中からY君とH君が出て来た。元気そうであったが夜遅くまで衛星車の運用をするため寒いと言っていた。仮設の支所へ延ばしている電話線が道路上に露出していたため、ガムテープで養生する。
被災地 ひさいした建物 衛星車
 次に向ったのは、北上川右岸。新北上川大橋より上流側に、大量の排水ポンプ車を投入し、かつて住宅地であった箇所の排水を行っている地域がある。富士沼という沼の下流に当たり、大きな被害を受けた地域だ。浸水のため捜索が出来ないので、大量の排水ポンプ車を使い、集中的に排水しているのだ。そのがれきの中にSNGは設営されていた。こちらは照明車の運転席の上にカメラを固定し、テントの中に屋内ユニットを設置、その横にパラボラアンテナを設置していた。
北上川右岸SNG
 周囲はこわされた家の残骸や大きな漁船などがあり、住宅地側にあったであろう水路の護岸のブロックが横たわって居た。ポーチや玩具なども散乱し、見ていられない惨状である。そこここにまだ排水ポンプ車が配置されており、その内の何台かは稼働していた。
取り残されタフね2 浸水地とポンプ車 人形
 次に石巻市役所近くの日和山公園内にある固定のテレビカメラを点検に行く。石巻市内に入ると、道路際に土砂やゴミが積み上げられていた。がれきの間の道路を抜け急な坂を上り、神社の横に出る。そこからは石巻市内が一望できるが全てが瓦礫の原である。テレビによく映っていた海産物加工工場の屋根が見える。旧北上川の方を見ると中洲にあったはずの建物はほとんど全てが流されてしまい、石の森章太郎記念館のみが残って居た。
破壊されつくした石巻市 石巻町中 旧北上川中州 石巻の町中2
 本日の点検予定はこれで終了。再び瓦礫の町中を通り、仙台方面へ向った。

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