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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

震災対応応援日誌(その7)エール

 3月11日に発生した東北地方の大地震により被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。また、不幸にしてお亡くなりに成られた方々のご冥福をお祈り致します。
 4月4日より約10日間、東北方面へ震災対応の応援として行って来ました。差し障りの無い範囲で現地の状況や感想などをアップさせていただきます。

 4月11日月曜日、震災発生から1カ月が経過した。午後からは黙祷がある。
 今日は朝から結構忙しかった。四国チームは岩沼市や山元町の現場へ行く事となっており、災害対策本部や東京への報告をしなければならない。中部の衛星車班から、釜石市にて、50Ghzの簡易画像伝送装置を利用して画像伝送をするという提案を市にしており、その情報提供もあり、本部へ伝えたり、衛星車等の配置状況資料の見直しも行った。これをすることにより、ようやく全国から集まって来ている約20台の衛星車等の全容が理解できた。また、災害対策本部の電通班から、地図の上に衛星車の位置を落とした詳細な図の修正も求められ、それも実施した。午後からは、本日夜に来る中部及び中国のメンバーへの引継ぎ書も作りかけた。N君は近畿に帰った後、災害支援の報告するための資料を作成していた。
 夕方、近畿のY係長から電話があり、明日15時に関連社団法人のメンバー50人が仙台に来るという。東北のO補佐は、第一次調査の時も災害対応でごったがえしている中、多くの背広を着た協会員が来所し、周りからは「何だ、あれは!」と訝られ説明に苦慮したという。支援とは言え時と場所を弁えず、乗り込んでくる事について、東北としては迷惑がって居るようだ。でも、我々もあんまり遠くない存在かも。
 夕方、結構大きな余震が来る。震源は福島方面であるようで、ちょうど電話していた、岩手の部隊のところでは、まだゆれていないという。緊急地震速報の効果は、この時間差を利用しているのだ。それにしても、余震の発生する場所が南下してきているように見える。
 この日で四国チームは帰る。最後にW氏があいさつをしていたが、毎回、帰って行く応援部隊に対してどんな感想を東北の職場の人は持っているのだろう。応援部隊は入れ替わり立ち替わり来ては去って行く。しかし「我々はずっとここで災害対応をしていかなければならない。」東北の職場の皆さんはもう、エールは聞きたくないと思っているのではないかと思う。私は帰る時にはエールは言わない。

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