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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

震災対応応援日誌(その5)南三陸町

 3月11日に発生した東北地方の大地震により被災されたみなさまにお見舞い申し上げます。また、不幸にしてお亡くなりに成られた方々のご冥福をお祈り致します。
 4月4日より約10日間、東北方面へ震災対応の応援として行って来ました。差し障りの無い範囲で現地の状況や感想などをアップさせていただきます。

 昨夜の大きな余震の影響により高速道路の多くの区間で、通行止めが発生しており、その影響で国道もかなり渋滞している。今日は、予定どおり国道45号線の道路施設の被災状況調査に行くことになった。
 まず、国道4号線で、仙台市内の事務所へカギを借りに行く。国道4号線は結構渋滞している。広瀬川の横を通り、新幹線の高架をくぐる。この高架の上には新幹線マックスが止まったままである。まだ仙台周辺は新幹線が復旧していない。
 仙台の事務所から、仙台南部道路に入り、若林JCTより、仙台東部道路に入るが、ここも渋滞。そして仙台東ICより北は通行止めのためそこで降り、側道を走るがそこも渋滞、市道を走り利府街道にようやく出る。途中加古川消防や明石、西宮のレスキュー車に出会う。災害の応援に来ているのだろう。利府街道にでるがここも車が多い。停電が続いているので、信号機は発電機の無い箇所はすべて消えている。石巻街道に出て国道45号線の有料道路、三陸自動車道に乗ろうとするが、延々と通行止めでありようやく乗れたのは鳴瀬奥松島ICであった。時間はすでに12時を回っており急いで北上する。途中道の駅「上品の郷」に立ちより弁当を購入しさらに北上する。
 桃生津山ICで降りここから現道45号線の設備点検に入る。この道は南三陸町の被災地である志津川に至る道である。津波被害を受けていない内陸部の設備は地震の被害もほとんど無いが、海に近づくにつれて被害は甚大となる。谷の深い所まで瓦礫や車が流されてきている。志津川に沿って下って行くと、陸前戸倉という駅があるはずなのだが、軌条敷きの石垣はあるが駅は見当たらない。住居は基礎と床部分を残しているきりで何も無い。駅近くにあるはずのテレビカメラも基礎すら見当たらない。凄惨な現場である。道路は自衛隊が開けているようで、車の通行はできるが沿道には夥しい瓦礫が山をなしている。門型柱の情報板は、恐らく道路をふさいで倒壊していたのであろう。人為的にアンカーボルトが切り取られ道路脇に放置してあった。
 歩道下に埋設されていた情報板ボックスは露出し、ボディ管は寸断され中から鞘管が露出している。
駅舎が無い2 情報版 情報ボックス
 道路と平行して走っている気仙沼線の線路を越えた高台にある住宅は窓やドアが破壊され、多くの瓦礫がひっかかっている。基礎だけの建物の前に投げ出されている熊の縫いぐるみが悲しい。
 かなり海岸縁に出て車からおり、歩いて次の情報板を探す。海には座礁した船や、車が見え、歩道柵は、基礎が洗掘され、海の上に中ぶらりんになっている。津波は道路を越え、山側にある電柱もなぎ倒し、電線が道路上におちている。気仙沼線の高架部分は、管理用の踊り場に多くのゴミや、漁網がひっかかっている。見上げると樹木のかなり高い枝にも布などが引っ掛かっており、津波は相当な高さに及んだことがわかる。少なくとも15メートルは上がってきている。
駅の上の家 くま 座礁した船 洗掘された歩道
高い樹木にも
 一つ峠を越え、次の谷に入るとさらに壮絶な光景が広がった。狭い谷に多くの車が固まってながれついている。住居の1階部分はまるでピロティのように柱だけ残している。
谷の奥
 志津川の街は瓦礫の原となり、鉄筋コンクリートの建物の躯体のみが残っているそしてその躯体すらも傾いているものがある。志津川病院の前にあったはずのテレビカメラも全く見当たらない。恐らく倒壊して瓦礫の下になっているのだろう。病院の玄関先には車が1台横になってひっかかっており、前にはひっくりかえったトラックが、また酸素タンクの奥の狭い所にも車がひっかかっている。病院前のひっくり返っている車には捜索した日付がペイントで書いてあった。この志津川病院は屋上からヘリコプターで避難者が救助されていた映像がテレビ放映された病院だ。
防災センター 志津川病院 軽トラ 捜索後の車両
 病院の前のショッピングセンターはまるで歳末のデコレーションのように壁一面に漁網が引っ掛かっている。電柱はたおれ、すぐ手の届く所にトランスや避雷器がある。瓦礫のなかには折れた道路照明灯もあった。
ショッピングセンタ 電柱
 志津川の街の東側に東山公園がある。ここにも監視カメラがあり、その確認のために車を降り徒歩で上った。津波の時には多くの人達が避難した場所ではないかと思うが、石段のかなり上まで瓦礫がある。樹木には養殖カキのカゴがぶらさがっていた。
カキのカゴが木の上に
 ここからは志津川の町並みが一望できるのだが、すべてが破壊しつくされたその姿はいかに津波が莫大な力を持っているのか、いかに恐ろしいものであるのかを実感させられる。
志津川の街2
 車に戻り近くの破壊されたマンションとおぼしき建物を見ると3階建の屋上に車が1台乗っているのが見えた。津波はそこまで車を持ち上げたのだ。
屋上に車
 志津川の町中からさらに北へ向かう。志津川の奥は自衛隊がいまだに捜索しており、多くの船が押し流されてきていた。
 さらにもうひとつ峠を越えて清水浜に出る。こちらも同じ状況である。ここにもカメラがあったのだがここは基礎が残り、支柱も10mほど離れた所にころがっていた。基礎を見ると10本ほどのM12アンカーボルトが引きちぎられていた。堅固な支柱や基礎がこのように破壊されてしまうことに、自分たちの仕事に空しさを感じてしまった。ここでは木の上に階段が引っかかっていた。
カメラ基礎 カメラ支柱 木の上の階段
 16時30分、清水浜で本日の調査を終了し仙台へ戻る。

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