
先日訪れた加古川市野口町水足の句碑(水足の句碑)の資料を図書館で見つけた。
『東播磨の文学碑』(東播磨文化団体連合会)平成4年3月の中に記述がありました。

その昔、学生時代には古文書読解でくずし字辞典などを引いて解読していたんだけど、すべて忘却の彼方💦
でも、興味のあるものは読みたい。という事で、昨日、中央図書館で探していたのでした。

さしさわりのない程度に中身を紹介します。
書いてある句は・・・
”凩しや樹々さまざまの色も見て”
読んだ人は”二世 雲外”という人。本書には”辞世の句”と書いてあるので亡くなる前に詠まれたもののようだ。
二世雲外と言う人は米谷十三郎というお名前で、幕末の庄屋、
明治になって初代の野口村長、加古郡会議長などの要職を歴任したとのこと。
また、当地方の”俳諧”の大御所であったとのこと。
句碑の前に立つ1対の石柱碑は門人たちがたてたもので、その一つ、向かって右側には・・・
”二の声のいま聞かまほし杜宇”と彫られている。
門人が師匠の死を惜しむ気持ちが出ていますね。
『東播磨の文学碑』(東播磨文化団体連合会)平成4年3月の中に記述がありました。

その昔、学生時代には古文書読解でくずし字辞典などを引いて解読していたんだけど、すべて忘却の彼方💦
でも、興味のあるものは読みたい。という事で、昨日、中央図書館で探していたのでした。

さしさわりのない程度に中身を紹介します。
書いてある句は・・・
”凩しや樹々さまざまの色も見て”
読んだ人は”二世 雲外”という人。本書には”辞世の句”と書いてあるので亡くなる前に詠まれたもののようだ。
二世雲外と言う人は米谷十三郎というお名前で、幕末の庄屋、
明治になって初代の野口村長、加古郡会議長などの要職を歴任したとのこと。
また、当地方の”俳諧”の大御所であったとのこと。
句碑の前に立つ1対の石柱碑は門人たちがたてたもので、その一つ、向かって右側には・・・
”二の声のいま聞かまほし杜宇”と彫られている。
門人が師匠の死を惜しむ気持ちが出ていますね。
早朝散歩で機銃痕のある碑を見に行き、その碑に書いてある句が気になり、
本書『東播磨の文学碑』を見つけた。
その中にはこの地方にある数多くの句碑が紹介されており、有名な”芭蕉”や”野口雨情”、”柿本人麻呂”などの物もあることがわかった。
また、これとは別に、自分の著作の二つ目として現在資料を収集しているこの地域の灌漑の歴史について、水路改修やため池築造に係る記念碑の碑文についても興味を持って見ている。
碑文や句碑の読解力を持たねばと思っている所である。
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