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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

映画「おもひでぽろぽろ」

映画「おもひでぽろぽろ」  27歳OLの小学5年生の時の回想を主とした、人生の過程においての過去を振り替える時期とそれを元に次の人生のステップに進む姿をテーマにしたもの。 

主人公の女性は東京生まれの東京育ち。3人姉妹の末っ子に生まれ、家族は祖父と両親、そして姉二人。両親は信じられないほど会話が少ない。特に父親は昔の亭主関白的な雰囲気がある。時代背景としては主人公の回想する場面は昭和41年(1966年)頃。「ひょっこり瓢箪島」などの時代である。ゆえに私自身の年齢にほぼ等しい、もしくは少し主人公の方がおねえさんである。主人公の現在の年齢27歳であるから、昭和31年(1956年)生まれだと昭和58年頃の情景を描いた映画(アニメ)となる。有機農業が脚光を浴び出した頃のようである。主人公の相手方である男性は主人公より少し年下なので、ほぼ私と同じ年齢ということになる。 主人公のたえこは農業に興味を持ち、山形へ農業体験に一度行ったことがある。今年の夏も再び山形へ行く。今度は紅花摘みの体験をするためだ。行く場所は姉の主人の実家。副主人公の男性はこの家の分家の息子というシチュエイションで、かつて会社に勤めていたが仕事をやめて有機農業を始めたのである。 27歳という女性の年齢は当時は結婚というテーマにどう対応していくかを考える節目的年齢でもあったようである。(今はもっと年齢は後退しており、30歳は越していると思う)この時なぜ小学校5年生時の私のことを思い出したのだろうか?それはこの物語の中で主人公も自問しているが、就職した時は自分は羽ばたいていた。さなぎから蝶になったときのような感覚であった。しかしそれ以降数年の間に羽ばたかなくなった?要するにマンネリの生活に埋没したというような状況と感じたのであろう。内面で自分の将来、特に結婚になやむ状況は、自分が小学校5年生のときいろいろ将来のことについて悩んでいた状況と相通じるものがあるため、此の時期になって小学校5年生の自分の体験が多く思い出されたのであろう。 このように過去を振り返る場面というのは長い人生の中でけっこう何度もあるような気がする。物心ついてからの第一番目の自意識の世界。その後続く、成長過程での場面とか、人生は年を経るごとに、何段階かの人生の「層」のようなものが出来ると思う。その層を振り替えることが私にもよくある。 たえこの思い出した状況は、親にハンドバックをねだった時のこと。演劇に力を入れた時のこと、分数の割り算の計算が理解出来なかったこと。果物の王様はバナナであること。阿部君の「おまえとは握手をしてやんない」といったことばのこと。とか。 田舎での生活の大半はあまり重要視されてはいない。紅花の由来と、村の風景はむかしから人が作ってきた人工物であり、自然ではないということ。そして、人間が生きていくには自然と共に生きて、自然を生かしていく必要があるとのことぐらいであった。 映画の最後、エンディングテーマが流れはじめてからがこの映画のクライマックスである。東京へ帰りかけていたたえこははたして・・・・・・。 この映画では、たえこが自分は阿部君を一番きらっていたのに、それを現さなかった。という偽善について反省している。それと共に田舎がすき。すてき。というなにも知らないくせにうわべだけで、田舎とつきあっていたところについても反省している。これは大変重要なことであると思う。態度はすべてであり、後々の否定など決して出来ない。だから、知らないということはよくないことでもある。 映画のストーリーは淡々と進んでいく。あまりめりはりや事件の少ない映画であり、見ている者をある意味では退屈させる映画である。この映画が失敗だといわれているゆえんはそのあたりにあると思う。しかし、気を入れて観ればそれなりにじんと来る映画である。

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