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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

書評「翼よ、北に」アン・モロー・リンドバーグ

 原題「North to the Orient」、夫、チャールズ・リンドバーグと共に飛んだ北太平洋調査飛行の旅行記である。そしてまた彼女の最初の著書でもある。
 リンドバーグと言えば誰しもが知っている1927年、「スピリット・オブ・セントルイス号」で初めて単独大西洋横断に成功した人である。アンはこの太平洋調査飛行での彼のクルー(乗組員)であり、2年前に結婚した配偶者でもあった。
翼よ北に

 この調査飛行の中では彼女は無線通信を担当し、当時の不安定な無線機の操作、そして、慣れていないモールス通信にて地上局との更新をしていたことが書かれている。また、機械的な操作として、バッテリーで電動発電機を稼動させ、直流400ボルトの電圧を無線機に供給したり、周波数の変更のためにプラグインコイルの交換をしたり、通信をするときには糸巻きのようなものに巻かれた電線のアンテナを機体後部に延ばしたりと通信士は結構大変な作業をしなければならなかったようです。無線通信士の私としては、そのあたりのマニアックな記述がとても興味深かった。
 この著書の翻訳者である中村妙子氏も書いているが、著者のアンは、この著書は航空界の先駆者である夫との旅について書いているので評価されたのではないかという疑念を持っていたようだ。でも、それは違っていた。その評価は本書を読めばそうでない事が十分解る。彼女の文章は素晴らしい。彼女はこの後、航空機による旅行記「聞け!風が」「未来の波」を書き、初めての小説「急上昇」、更にエッセイ「海からの贈り物」を書いた。私は「未来の波」と「急上昇」はまだ読んでいないが、他の3作はどれも素晴らしい作品でした。実はこの「翼よ、北に」は今回読むのが3回目です。中村さんの翻訳のうまさもあるが、
 これが書かれたのは1931年、正に15年戦争が始まった年でした。この飛行ルートはアメリカのワシントンから、大圏航路にてカナダ、アラスカ、千島、北海道、東京、大阪、中国へと至るルートでした。まだ当時は戦争が始まったとは言え、日本とアメリカの関係は良好だったのでしょう。彼らは日本では大歓迎を受けており、また彼女の文章も日本人に対する見方はとても好意的なものでした。
 彼らが何故日本に来たのか、それはバン・アメリカン航空の経営者トリップが、ニューヨーク・パリ間飛行で英雄となったリンドバーグを技術顧問に迎えて航空路の開拓をしていました。その一つとしての、北太平洋航路調査旅行であったわけです。
ちなみにアン夫人は当時、大統領候補ともいわれたメキシコ大使ドワイト・モロー氏の娘です。
リンドバーグの開拓した空路は気象条件が悪く当時実現しませんでしたが、現在では日本からアメリカ東海岸までの空路はほぼ同じコースをたどっています。
アン・モロウ・リンドバーグ
アンはとても可愛らしいですね。

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