FC2ブログ
 

2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

映画「あした」

映画「あした」  大林信彦の「あした」を見た。途中からだけど・・・沈没した呼子丸からの手紙で呼び出された乗客の家族や関係者が幽霊となった乗客と再会し、話す。というのが最大の盛り上がりのシーンである。

暴力団の組長とその妻そして孫。会社員と妻子、若い女の子と彼氏。水泳選手2人とそのコーチの三角関係。会社社長と、妻そして秘書。そのほかに原田智代。悲喜こもごもの出会い、そして生前の生活や行動に対する反省、生前出来なかったことの実現。 「すぐ隣にいても遠い人、どんなに離れていても近い人。」「死はこんなに近くにあるのにだれもが忘れている。」これらの出会いの横でチンピラが二人けんかしている。現実の泥臭い争いを対比させるためにこの場面を入れているのだろう。若い男女二人、死んだ男は女に対して一緒に死んであの世に来てくれるものと思い、女の子はそんなことは思っていない。乱れた現実を別の観点(死者の目)から見て反省や思考転換させることが大林監督の一つのテーマではなかったかと思う。原作は赤川次郎の「1年前の忘れ物」描写は大林の得意な尾道に近い港街。 日々漫然と、またはあくせくと過ごしてしまう、まるで自分は不死身であるかのように「死」を忘れて暮らしている。時間は無限にあるかのように。しかし、この映画では、死者との出合を零時から4時までの4時間しか神様に許されていないという設定であり、息つまらせるほど時間の大切さを思わせる。また、6組の各々の関わりがオムニバスに展開されていく。短い時間を必死に過ごす緊迫感と目まぐるしい事象の移り変わりに見る者はどきどきしてしまう。 大林宣彦は原田智代に先に書いた全ての主題を話させる。それを聞く相手の女の子も設定されている。随分欲張りなテーマを盛り込んだ映画である。 自分の生活や生き方に大きな反省を与えてくれる映画であった。今度は全部見たいものである。(もう10年も前の感想文です)

スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する