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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

猫旅レポート(有川浩)

動物ものかー、大好きな作家、有川浩さんの未読の文庫が中央図書館の書架に並んでいたので借りてきた時の最初の印象はこれだった。元来あんまり動物ものは好きではないのだが、有川さんの小説ということで試しに読む事にした。
猫旅レポート

しかし、自分の先入観は読み進むにつれ、完全に壊されて行ったのだった。主人公は猫なのであるが、拾われた(という表現は誇り高きこの動物には似合わないようであるが)時の飼い主サトルとの”最後”の旅のなかで二人で色んなものを見、いろんな体験をする、その情景や猫から見た感覚をとてもうまく表現しているのだ。
猫の特徴や性格もよく表現され、まるで人間の感覚、いやそれ以上の感性でもって描かれているのを読むと、猫と語り合えない事が残念に思えて来るのである。ここに登場する主人公猫のナナは日との言葉を解し、日との心まで読み取ることが出きる。しかし、それは全くのフィクションではないのではないかと思わせるのである。
自分の身近にいる野良猫も実はナナのように人間の言葉や行動を読み取っているのではないかという疑いすら持ってしまうのだ。
この物語自体は実はとても悲しいお話なのではあるのだが、そんな運命付けられたなかにおいても、サトルとナナの旅のなかでのふれあいはとても幸せな雰囲気を醸し出しているのである。
最終章にちかいところで、色々とそれまでに明かされていなかったセンセーショナルな事柄が多く出てくるのだが、この二人、(一人と一匹)にとっては深刻ではあるが、それを乗り越えているという安堵感を持たせてくれるストーリーであった。
人の幸せというのはいったいどこから来るのだろうか?厳しい境遇にあってもそれを苦にせず生きていける人、日常の些細な出来事についてそれを楽しめる人、こういう人は幸せなのであろう。経済的にはとても恵まれた人であっても幸せだとは必ずしも言えない。欲しいものがあればお金を出せば買える。好きな所へ旅行にも行ける、コンサートや美術館にも。それでも幸せを感じられない人は居る。人が幸せを感じるのはやはり、人と人との関係なのであろう。
サトルとナナが最後の旅で訪れたのは昔から親しかった友人たちのところである。一番重大な事を隠し、親しい人と昔の事を語り、楽しいひとときを過ごす事、それがサトルにとっては一番幸せを感じる事であったのだろう。
それからもうひとつ、サトルがナナの次の飼い主を見つける旅、という位置付けで出発したにも関わらず、結局サトルはナナと離れる事が出来なかった。実は共に旅が出来て幸せだったのだろう。そこに人が幸せを感じる要素があったのである。
話は小説から離れるが、仮に自分の人生の先が見えてしまった時、自分なら残された時間をどう過ごすだろうかと考えてしまう。まあ別に不治の病で余命いくばくと言われなくても、単に自分の先行きが見えていなくて人生はまだまだ続くという錯覚に陥っているだけなのかもしれない。1月が短く、10年が長いのは比較すればそのとおりかも知れないが、実はそうは言えないのではないかと思う事もよくある。幸せという何だか良くは解らない指標ではあるが、それを考えると人生の長さではなく、”生き方”という点が重要ではないかと思うのである。(実はそんな事は昔から言われている事だと言われればそのとおりだと答えるしか無いのだが…)人は自分の環境や境遇を指標として他の人の幸せ度を推し量るところがある。確かにそれも大切な見方だとは思うが、それだけではない視点もあるのだろうなと思う。生涯労働に縛られ、楽しい行楽なども経験せずに逝ったとしても、その人には親しい家族や友人がたくさんいて楽しい語らいができる境遇と、経済的には何不自由なく仕事をする必要もなくて日々遊んで暮らしている人が実はとても幸せだとは言えない場面もあるのである。
自分の境遇ははたしてどうか?この歳になって今更奮起したとしても経済的には何も変わらないだろう。今は残りの時間を思い、何をすれば幸福を感じられるのかを考える事が大切な事であると思うのだ。
話は戻って猫旅レポートの事。有川浩さんは本当に多才だと思う。素晴らしい小説だけではなく、最近は演劇にも手を伸ばされているとの事。まだお若いのでこれから先も楽しみである。自分にも有川さんのような才能がほんの少しでもあったなら…と思うのである。

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