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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

八千穂高原へ

(10月21日~22日の記事です)
金沢から長野へ来た。
親しくしていただいているペンションのご夫婦に会うために。
八ヶ岳にある八千穂高原スキー場に通いだしてからもう何年になるだろう?
下の息子を背負子に乗せて滑っていたのでもう25年以上にはなるだろう。
1暖炉
雨にけぶる八ヶ岳はもう寒い。ご夫婦は暖炉を焚いて迎えてくれた。
シーズンオフだし平日なので客は自分ひとり・・・といっても、もうあまり客はとっていないそうだ。
・・・という事でご夫婦と3人で夕食。おじさんが用意してくれたお酒をいただきつつ、昔話に花が咲く。その昔、この食堂で開催した、上の息子のマジックショ-が忘れられないとおばちゃんが言う。とても楽しかった思い出だ。暖かい暖炉の火の前でここでのかつての出来事の数々が頭を巡る。
庭先
翌朝も雨、ふと気が付くと、食堂に引っ越し荷物が積んである。
山の上では生活するのにコストがかかるので、ふもとの佐久市に降りるという。
ペンションはいつでも営業できる状態で置いておくとのこと。
いつかはそうなると思っていたけど、いざそれが現実になるとやはり寂しい。
ご夫婦はお二人とも83歳になるという。
年に一度しか行かない客には”頑張れ”と言う資格はない。
お二人
ペンションを出る時にはお二人はスキーシーズンの時のエントランスまで見送りに来てくれた。
果たしてまた会えることがあるかどうか・・・。
ラ・ルゥ
雨にけぶる中、お二人はいつまでも手を振ってくれていた。
スキー場
さよなら、八千穂高原スキー場。
白樺
さよなら、白樺林。
諏訪湖SAより
麓から見ると八ヶ岳は冠雪していた。(諏訪湖SAより)

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金沢へ

(これは10月20日~21日の記事です)
117クーペオーナーズクラブのイベントの翌日はクラブ関西支部の皆様と金沢へ行った。
香林坊
夜は香林坊というところで食事。
池月
金沢市のお隣、野々市市からはMさんご家族が来てくれた。Mさんは大病された後だがずいぶんお元気になられ本当に良かった。お会い出来て嬉しい。以前、宇奈月温泉ミーティングの時に、ジャンプしながら117クーペの私たちに手を振ってくれた娘さんはもう中学生。私たちも歳取るはずです。
庭園
翌日は金沢城と兼六園見学。
お城
兼六園は2度ほど行ったことはあるが、金沢城は初めてだ。かつてはそこに大学が建って居たからね。
内部
とても立派な建物が復元されていた。伝統的建築物を作る技術を残すことはとても大切なことだと思います。
私は昼前に次の目的地である長野県の八千穂高原へ行くために皆さんとはここでお別れです。

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isuzu117coupe owner's Club Autumn Meeting 2019

(これは10月19日~20日の記事です)
 いすゞ117クーペオーナーズクラブからのお誘いで新潟ミーティングに参加させてもらった。
富士屋
お泊りは岩室温泉ホテル富士屋、地元の老舗旅館である。温泉も食事もとても良かった。
宿の前で
参加人数は宿泊57名、日帰り3名、117クーペは全部で37台だったと思う。
宿の前で2
1年ぶりにお会いした方も多く、皆さんで和やかな時間が過ごせた。
カーブドッチワイナリー
翌日は近隣にあるワイン農場”カーブドッチワイナリー”へ、
弥彦山
その後日本海沿いの弥彦山パノラマタワーに上り、美しい日本海と佐渡の島影・・・
展望エレベーター
そして居並ぶ117クーペの美しい姿を堪能。
上空から
久しぶりに多くの親しい皆様と会うことが出来、話すことが出来てとてもうれしかった。
お誘いいただいたクラブの皆様、そして地元で段取りをしていただいたWさん、Mさんほかのみなさん、ありがとうございました。

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秋です

干し柿作成
ほしがき
秋ですねー。

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姫新線

(これは10月11日の記事です。)
業務でたつの市へ行く機会があった。
行きはJR線踏切点検のための遅延があり予定していた姫新線にのれなかったため、急遽山陽本線経由で、
帰りには市役所から揖保川の堤防の上や竜野の町中を踏査がてらに歩きJR本竜野駅へ。
本竜野駅
姫新線の車両は2両編成のディーゼルカーでした。
太陽光発電
沿線には広大な太陽光発電があった。
揖保川
昔樋門警報や発電機を設置した懐かしい林田川。
巨大なタイヤの工場
巨大なタイヤが沢山ある。
播磨道
山陽自動車道。
古いお寺
古びたお寺もあった。スマホで見ると専光寺とのこと。
田園風景
のどかな田園風景。
車内
姫新線の車内は2列、1列のシート配置、加古川線と同じ。
電車基地
電車基地がありました。
林田川
夢前川を渡ります。
交差するのは山陽電鉄
ずいぶん町中に入ってきました。交差するのは山陽電鉄。
車両
姫路駅に到着、鉄道ファンではないけど車両の写真を撮る。
姫新線のマークは赤とんぼと揖保川
姫新線のマークは赤とんぼと揖保川の流れかな?
姫路城
おお、駅舎を通して姫路城が見えているではありませんか!
ところで自分は過去に姫新線って乗ったことあったかな?
思い起こしてみると、中学生か高校生の時、兵庫県南西部の千種川にキャンプに行ったときに乗ったような・・・?もうウン十年前のことだ。
 ついでに、姫新線ってどこまでつながっているのかをグーグルマップで追っていくと・・・、これがすごいんですね!姫路から延々と兵庫県の西部山間地帯を縫って行き、岡山県に入り、美作、津山、真庭を経て新見までいっているんです。だから”姫路”-”新見”線なんでしょうね。こんなに遠くまで行っているとは思いませんでしたよ。
 機会があれば一度、新見まで姫新線で行ってみたいものです。

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辛うじて稲刈り完了

(これは10月11日の記事です)
稲刈り3日目、少々ぱらつきぎみの天気の中でしたが・・・
刈り取り前(土手)
最後の1枚も無事刈り取りました。
刈り取り後(土手)
若干濡らしてしまったので、本日午前で乾燥が終わった籾をもみすりして乾燥機を空けます。そして早々に投入し、乾燥を開始します。
もみすり
もみすりの結果ですが、今年の出来は例年より若干少なめでした。捕植を一度しか回らなかったこと、春先の日照不足、緑肥であるレンゲの播種をしない年であったことなどが原因だろうと思う。
選別
それにしても台風襲来までに刈り取りを終えられたのでとにかくほっとした。
周囲にはまだ刈り取られていない田圃もある。台風の影響が少なければと思う。

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台風に急かされて稲刈り

(これは10月9日、10日の記事です)
突然稲刈りをした。
週末にやるつもりが、強力な台風が来ているので気になっていた。
週末にできないと次週送りになる。
そうなると117クーペのイベントに行けない!
しかしながら、今週も来週もほぼ毎日副業のほうの打ち合わせが入っている。
どうしよう・・・・
幸い打ち合わせは午前か午後のいずれかなので、その合間を縫って台風が来るまでにやってしまうことにした。
会社に休暇の連絡をして早速開始。
稲刈り前(前大)
春の長雨と日照不足で生育を気にしていましたが、夏場に好天気が続き、ほぼ例年並みか?
稲刈り前(前小)
少々スズメに食べられてしまいましたが。
稲刈り後(前大)
籾の取れ高は現在までの稲刈りでは昨年並みでした。
稲刈り後(前小)
後は品質がどうかですねー。
乾燥機
毎年低めの温度で乾燥。水分含有量もほんの少し高めにしています。
週末は雨でももみすりはできるので、とにかく刈り取りさえ好天気の中で終われば安心です。
あと1枚、明日刈り取りが出来れば完了です。

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キャロリング「有川浩」

 彼女は本当に根っからの悪人を作るのが下手だ。どんなに悪人面していてもその奥には悪人になり切れない面が出てくる。それからもうひとつ、こうなってほしいと望む読者の希望を裏切る小説を書かない。世の中善人ばかりと予定調和の安心感。
キャロリング

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大阪の風景(西天満他)

(10月2日)
仕事で客先まで歩いてゆく。
レトロな家
堂島川沿いにはこんなレトロな建物がある。
大川
大川が堂島川と土佐堀川に分かれるところ。
渡辺津
渡辺津というのだそうで、京都から熊野詣でをするための一つのルートだったようだ。
都会ではあるが、水辺は緑も多く多少は心も安らぎます。
西天満夜景
こちらは会社のある西天満から川を挟んだ対岸から見た夜景です。
都会の夜はきらびやかです。
淀屋橋夜景2
淀屋橋・梅田方向、こちらの眺めもお気に入りです。

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暗電流測定その後

先週、117クーペの待機電流(暗電流)を測り、最大の負荷だったキーレスエントリーを外した。
キーレスエントリー
待機電流は70mAに減少したのでバッテリーキルスイッチを切らずに1週間放置しておいた。
昨日、エンジンをかけたところ無事セルモーターは回りエンジンがかかった。
とりあえずはこれで”バッテリー上がり”は避けられることとなった。
 古い車の利便性を向上しようと取り付けた各種電装品、これらの追加負荷が電力不足を起こし、暗電流増加を起こし、その対策としてICレギュレータ付きの大容量オルターネーターに交換すると、今度は燃料ポンプの制御がうまくできず、また、ワーニングランプのテスト動作ができなくなった。
 暗電流増加に至ってはバッテリー上がりを引き起こしてセルが回らなくなる。ついでに言えばエンジンのパワーアップを目指してもともとは1950ccのエンジンに1800ccのヘッドを換装したために高圧縮となり、セルモーターがずいぶん重くなったという弊害もあった。
 バランスの取れた、機能向上を図るのはなかなか難しいことであるというのが、この20年ほどの間にやってきたことに対する答えなのかもしれない。

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