2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

秋ジャガとネギを植えた

 今週末は地震初動当番に当たっているため自宅や実家に帰ることが出来ない。しかたがないので、30日の日曜日に行われる”防災訓練”でも見に行くか・・・と防災課長に話すと、これ幸いとばかりに展示パネルの説明やこちらも当日展示される災害対策車両の説明要員にされてしまった。ま、いずれにしても帰れないのだからと承知したのだが、帰宅が長期に渡りできないとなると、実家のことや病気療養中の父親の事が気になる。さらに、半月ほど前から調子が悪い打ち込み井戸もとめたままなので、何とかしなければ・・・とあせってくる。
 そんな事もあり、昨日午後から今日一日、休暇をとることにした。(たまたま、会議や打ち合わせも無かったので休めたのだが・・・)
 実家に帰ると結構やることがたくさんある。まず、父親の様子を見に行く。父親の要望を聞いて食料品やその他必要なものを買いに行く。水田の水の状態を見て、用水路の堰の調整をする。畑や庭の水遣り、庭の池の浄化ポンプの清掃、先にも書いたが井戸ポンプの修理、先日来、草刈などして準備している秋ジャガとネギの植え付け、その他こまごまとしたことなど。
 何も畑など実はしなくていいのだ。もっと言えば水田もだ。何でやっているかというと、それは、放置した水田や雑草が繁茂した畑を父親に見せたくないからだ。今まで何十年も丹精してきた田畑であるから放置してしまうと、きっと寂しいのではないかと思う。また、今は分かれて暮らしている父親との共通の話題を持っておくためもある。父親は3年ほど前からすでに厳しい作業はほとんどしていない。もう出来ないのだ。だから、私が野菜や米の作り方を教えてくれ・・・と父親に頼んで、そしてその指導を受けながらやっているのである。父親は自分が作っている気持ちになってくれていると思っている。
 前置きが長くなってしまったが、今回は秋ジャガとネギを植えた。
管理機
いつもの小型耕運機で畑を起こす。
けいふん肥料
ジャガイモにはいつも堆肥か鶏糞、もしくは牛糞を入れる。
ジャガイモ畑
土を起こした後、鶏糞を入れ、さらに小型耕運機で攪拌し、畝を立てる。
ジャガイモのタネ芋
種芋は2Kg、北海道産が多いんだけど、今回購入したのは熊本産とのこと。
種芋は熊本産
造った畝に等間隔にタネ芋を並べ、この後、ひとつずつ埋めていく。これで後は放置。数週間後、目が出たら、谷を削って土寄せしてやる。
こんな感じで植える
 さて、ネギのほうも畝つくりは同じ。
ねぎを植えるとこ
 今日は父親は体調がいいのか自分で鍬を取ってやり方を教えてくれる。元気なときは嬉しい。
頑張る父親
 ネギの苗は1ヶ月ほど前に畑から起こして乾燥させていたもの。実はこれ、春になすやトマトの苗を買いに行った種苗やさんにただでもらった爪楊枝くらいの苗でした。ネギはこのように植えていた苗を一度引き抜き、乾燥させてから再度植えることにより大きくなるのだそうだ。
ねぎの苗

 で、これが植えたところ。畝の真ん中を深く掘り、その溝の両側に苗を植える。ネギが成長するに従い、真ん中の溝に土を盛っていくと、白い部分の多いネギになるとのこと。
ねぎを植えたとこ
 どこにネギがあるの?といわれるかも知れませんが、この画面の中のごみのようなのがネギです。
ねぎ拡大
 本当にこれで、育つのか?という危惧が生じたことも確かではあります。
穂が出だした
 さて、稲の方、今日ようやく穂が出て開花していることが確認できました。安心しました。

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稲の生育状況です

稲1
最近はとても多忙で、なかなか色んな事に気が回りません。多忙な原因の一つが農業です。この週末は何度目かの草刈りをしました。生育状況は今年は少し悪いかも・・・?(小さいのです)
 田植えが早いのかと思いますが、赴任先の福知山ではもうりっぱに生育しており、穂が垂れてきております。
稲2
 こちらの方はようやく茎の部分が膨らんできた状況です。8月末頃が出穂その後40日で刈り取りですのであと少しか?
地蔵盆
 今日は地蔵盆でした。草刈りの合間に飾り付けの手伝いに・・・。2年前にお祭りの順番が回ってきて以来、毎年手伝いに行っています。

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ぶどうのシーズン♪

姪のお手伝いしているぶどう直売所へ行ってきた。 かわいい姪はいなかったけど、とっても魅力的なぶどうがあった。 ぶどう1 ぶどうアップ 果樹園のパンフ 加西市のぶどうはけっこう有名なようだ。 昔、お盆時期などに実家へ帰省する時によく寄っていた果物の直売所としては、その時々の住んでいた場所にもよるが、奈良県の五條市の柿とか、小野市、大阪の柏原市のぶどうとか、色々ある。道端で幟がひらひらとしていたらついフラフラと寄ってしまうのだ。沢山買ったら結構おまけしてくれたことが嬉しかった。

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ししとうカレーを作ってみた

 長かった夏風邪との戦いもようやく終息を迎えました(K副所長にうつしてしまい反省しています)。
ホント2週間もの間、咳と鼻水で随分へこんでいましたが、ようやく治りました。最初はいつものパブロンで治るものとおもっていたのが、なかなかよくならず、近所の薬局で得体のしれぬ薬を買わされそれも全く効かず、結局は自宅近くの主治医にかかりようやく治ったのでした。周囲の皆様にはずいぶん鬱陶しい目に遭わせてしまい反省しております。
 しかし、単身赴任で病気になるとこれほど不自由で不安なものかということを身を持って感じた次第です。
 食欲も戻ってきたので久しぶりに大好きなカレーでも作ろうと思いました。
 先日、フェイスブックで前の職場でお世話になっていたM,Aさんよりカレーに獅子唐を入れるとおいしいと聞き、幸い実家の畑で作っているありあまるほどの獅子唐を投入して作ったのでした。
最初は
タマネギ、ジャガイモも自家製、ニンジンだけは出来が悪くて購入品なのですが適当に切って鍋に投入。しんなりするまで炒めた後、水を投入して煮込みます。
出来上がり
ルーは今まで食べてきた中で一番好みのジャワカレー辛口単品。(あんまりこまめな事は出来ないし、面倒なのでプリミティブでいいのです、あ、実は私調理師免許を持っているんですが、はっきり言ってなんにもできません)
ということで、ししとうカレー出来ました♪
完成です
ま、誰が作ってもそれなりに出来るものなのでしょうけれど、寂しさ半分、幸せ半分でいただきました。M.Aさん、獅子唐入れたらおいしかったです!
 ちなみに今日から3日間はカレーばかりです。ま、好きだからいいんですけどね。(特に二日目のカレーはおいしい!)
ついで
 実家から収穫してきた残りの獅子唐は油いためにしました。取れすぎるのも困ったものです。

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住吉神社のお祭り

我が街にある安産祈願で有名?な日岡神社。
その境内に小さな祠がふたつある。
一つは熊野神社、
そしてもうひとつは住吉神社である。
熊野神社はよく知らないが、住吉神社は12年サイクルくらいでお祭り当番が回ってくる。
今年、その順番が回ってきた。
毎度言っているが、全く信心の無い自分としてはなんとも余計な行事なのではあるが、
ま、父親がしなければならない・・・という義務感を持っているので、多少の”親孝行”
という事で協力することとする。
住吉社
住吉神社は航海の神様だと何かに書いてあった。確かに小さな祠の横の看板にもその旨の説明書きがある。
住吉社2
住吉社はこの辺りでは比較的大きい神社である日岡神社の境内、”わらぐらやま”と呼ばれる山門のある高台にある。
お供え
お祭りは年に2回。
7月30日と10月22日とのこと。
地元に住吉講というのがあり、そのメンバーで順番に担当しているようであるが、
昨今年輩の人も亡くなっていき、メンバーが減っていっているとのこと。
まー、漁業に携わっている人もいないのになんで住吉講なのかわからない所もあり、
それよりなにより、八百万の神さんに縋るというような風習は今ではかなり廃れてきているのではないかと思うのである。
太鼓
こちらは人寄せの太鼓である。
祭りの日は昼間に幟や横断幕を飾り、お供えをして、
日岡神社の神主にお祓いをしてもらう。
そして、門前で太鼓をたたき、人寄せをするのである。
お参りに来てくれた人には、赤飯のパックを渡し、御神酒を振る舞う。
17時から19時までわずか2時間ほどの祭りではある。
氏子連名
この輪番で回される住吉さんグッズの中に、御神灯箱に書いてあった氏子連名の筆写があった。
連名
名字が無いので恐らく江戸時代のものであろう。右から4人目が我が家の先祖の名前である。
自分から見ると6代前の人であり、まさに江戸時代の人である。
帳面
こちらは昭和8年以降の”住吉社灯明銭帳”というもので、
今までの祭りの経緯、社の修理や備品の購入が記録されている。
先祖
我が家の先祖が出てくるのは昭和9年旧6月の祭りの記録。
この山田菊次は私の曾祖父であり、江戸末期から昭和まで生きた人と聞いている。
これらの帳面は和紙をこよりで綴ったものであるが、非常に保存が良く、読んでいくと色々と興味深く、その時々の物価や決算報告、普請の時の支払い明細や寄付金残額を世話役が茶菓として使った事など詳しく書いてある。
宗教的な行事にはあまり興味は無いが、このような古い文書などを読む事はとても興味深いものであると思った。
昔は記録といっても、こんな村中での寺や神社に関わる行事ぐらいしか残っていないのではないかとも思うのである。

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元伊勢神社

(これは7月20日の記事です。)
夏風邪をひいたようで、もう10日以上咳と鼻水が止まらない。
先日はかかりつけの病院へ行って薬を処方してもらいようやく少しはましになってきた。
福知山で単身赴任しているとこんな時は少々辛い。
なんにもしたくないのだが、しなければ食事も食べられない。

風邪をひく前に前回の地震当番の時に行ったご近所の観光地を紹介します。
潜水橋
今住んでいる福知山市前田から府道を北へ。
わが社の無線中継所がある烏ヶ岳の東を回り、
由良川にかかる潜水橋を渡ると国道175号へ・・・
外宮
旧大江町(現在は福知山市)に元伊勢外宮と言われる豊受神社がある。
参社札
古びた神社でなかなか雰囲気がよい。ただ、この日照り!とても暑い。
巨木1
歴史の古さを証明するように境内には巨木がある。
巨木1-1
とても巨大な杉の木である。
看板には樹齢1500年とある。
1500年間周囲の変化を見てきたんだろうなと思うとこの樹木自体に霊験を感じる。
恐らく周囲にある神社の建物はこの巨木よりも若いものばかりなんだろう。
ここに神社を建てる以前からこの樹はずっとここにあったのだろう。
元伊勢への路
外宮から少し北へ車を走らせると府道際に駐車場があり、内宮の看板がある。
そこで車を止めたのが間違いの元だった。
内宮と呼ばれる神社はそこからずいぶん歩かねばならなかったからだ。
お茶のペットボトルを片手に、かんかん照りの昼下がりにアスファルトの参道を歩く。
はっきり言って自殺行為ですね。
こんなバカな事をしている人は自分のほかには当然誰もいませんでした。
案内図
ようやく内宮の看板と境内下の(直近の!)駐車場が見えてきた。
(ここまで車で来ればよかった)しかしこの看板、なかなか趣がある。
何がって?下の方にスポンサーの宣伝が入っているでしょ。
丹後縮緬の帯の宣伝ですよ。その昔はこのあたりからも多くの縮緬が京都西陣まで運ばれたのでしょう。
丹後和紙も有名ですね。黒谷でしたっけ、和紙の産地です。
右下のお酒の宣伝はあまりいただけませんね。
”とりかぶと”飲むと死んじゃうでしょう。

巨木
こちらの境内にも巨木が・・・。
こちらは3本あったようですが、1本は根元から切られて新たな苗が植えられていました。
内宮
内宮は外宮よりは少し華やか?でした。規模も大きかった。
あんまり信心は無いのだけれど、とりあえず参拝し、境内を奥へ。
”天岩戸神社”というのがその奥にあるらしい。
途中、子供連れの若夫婦が同じ方向へ歩いていた、しかし森の中とはいえ暑いので途中で引き返していった。
岩戸山
しばらく歩くと森の小路の一部が開け、向こうには美しい円錐形の山が・・・。
ホントにとても美しい姿である。
天の岩戸
さらに歩いてゆくと、道は急な下りになる。
そのまま延々と谷底まで続く道なのです。
そう、天の岩戸神社は谷川の斜面にあるのです。
見た目は、島根県だかにある”三徳山投入堂”の雰囲気。
きっとどちらかが真似ているんだろう。
水力発電
さて、そこからは元の内宮へは戻らず、直接入り口の駐車場へ。
山道を歩いていると、水圧鉄管があり、谷を見ると、こじんまりした発電所があった。
発電機
発電所の前には古い水力発電機が展示してあるのが見える。
暑くなければ見に行くのだが今日はパス。
美しい水田や、集落の風景を楽しみつつ無事に駐車場まで降りてきたのでした。
巨大な鬼瓦
さて、本日の最後の目的地、大江山の鬼の博物館です。
大江山というと、”酒呑童子”の民話で有名な場所ですよね。
この鬼で地域起こしをするべく作られた(のかどうかは知らないが・・・)”日本の鬼博物館”です。
入り口には巨大な鬼瓦が展示されている。
日本の各地の有名な瓦屋さんが協力して焼いたとのこと。
ホントに巨大な鬼瓦なのです。
鬼達
ちなみにかわいらしい赤鬼や青鬼も出迎えてくれます。
この近辺は二瀬渓谷と言って、多くの家族連れが谷川で水遊びをしていました。
涼しそうでしたね。
鉱山跡
帰り際に道端で高山跡を発見。実はこの大江山付近はかつてニッケルなどの鉱山があったことは知っていて、いつか訪れてみたいと思っていた場所なのでした。
鉱山看板
日本の産業遺産というものは、別に世界遺産にならなくても、結構自分では興味があり、(あ、実は博物館大好き人間なのですよ)今までも結構マイナーな場所を探索しているのです。
 説明看板を読みながら、かつて、はなやかなりし頃の事を夢想するのは私のひそかな楽しみでもあるのです。

 なにかと、中途半端な制約のある、今回のような日が月に1回はめぐってきます。制度化への努力を怠り、従業員に犠牲を強いるこのようなやり方にはとにかく憤りを感じます。人それぞれの”思い”にもよりますが、生きるために仕事はしますが、仕事のために生きているわけでは決してありません。今所属する職場がもっと”大人”になるよう切に願っているのです。

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