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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

今日の1枚(No.46)南国

南国
開聞岳です。もう少し晴れていたらよかったんですが。

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鹿児島旅行(その5)桜島

活火山桜島は大人しかった。
二日目のお昼、鹿児島から桜島へ渡るフェリーに乗る。10分余りで桜島へ。これまで鹿児島へは2回来たことがあるが、桜島へ渡るのは今回が初めて。溶岩道路と呼ばれる綺麗な道路が港を出たところから続いている。自衛隊が作ったと言われるその道はかつては周り中溶岩だらけだったのだろうけど、今は松の木などの植物に覆われ、あまり溶岩は見えない。
ところどころ、道脇には待避壕と言われるコンクリート作りの小屋のようなものがある。これは、桜島が噴火したとき吹き飛ばされてくる火山弾から身をまもるための施設。
11.桜島へ 12.溶岩道路 2.待避壕
まず最初の立ち寄りポイントは、”湯之平展望所”桜島の溶岩が間近でみられ、また西側は美しい鹿児島湾と鹿児島の町並みが見える展望所だ。桜島の溶岩はかなりの迫力である。噴火した時のために待避箇所を示した看板があちこちにある。
1.桜島の溶岩 鹿児島湾 避難看板
桜島の南端にある小高い場所に林芙美子の文学碑がある。放浪記の一部が中学だったか高校だったかの教科書に載っていたので覚えている。彼女は専ら中国地方(尾道)近辺にゆかりのある人だとおもっていたのだけど、鹿児島が郷里だったのは知らなかった。
3.林芙美子文学碑 5.何で傘持ってるの
続いて溶岩観望所だったか・・・名前わすれてしまったけど、溶岩流の中に遊歩道が造られ、間近に溶岩が見られる場所。今は樹木でおおわれているけど、昔は結構な溶岩の原だったんだろうなと思う。所々に四阿や待避壕がある。お天気がよくなってきたのでとにかく暑い!
6.看板 7.溶岩観察所
桜島の東端にある埋没鳥居です。こちらも昔、理科か地学の教科書で見た覚えがある。鳥居の高さは3mとのことなので、2mは埋没している、発掘しなかったということだから地下2mには大正3年の生活が埋まっているんだろうな。
埋没鳥居の駐車場近くに墓地があった。どのお墓もスレート製の屋根や壁で覆われている。火山灰を避けるためなのでしょう。そしてどのお墓にも綺麗な生花が。昔、鹿児島に来た時定期観光バスだったか?のバスガイドさんが言っていたけど、鹿児島はご先祖を大切にする土地柄であり、いつでもお墓には綺麗な花が供えてある・・・。とのこと。屋根といいお花といい確かにご先祖を大切にされていることがわかる。
9.埋没鳥居 8.屋根のあるお墓
埋没鳥居からは来た道を少し引き返し、大きな橋を渡って大隅半島側へ行く。曇り時々雨のお天気もすっかり良くなり、すがすがしい(暑苦しい・・・?)夏空が広がる。次の目的地は霧島温泉だ。
10.桜島への橋 4.いい天気
おっと、大事なモノをわすれていました。ドライブインで見た桜島大根の模型?超巨大です。
桜島大根

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鹿児島旅行(その4)長崎鼻

二日目は最初に薩摩半島最南端の長崎鼻へ行く。
開聞岳 海
不安定なお天気の中でしたが、喜ぶべき状況でしょう。開聞岳は山頂に雲がかかっていたけど、その姿はほぼ見ることが出来たのでした。
長崎鼻遠景 看板 コンクリ道路
最南端には小さな灯台があり、その下の岩場にはまだまだ延々と南へ伸びるコンクリートの道が・・・。どこまでも最南端を目指すこの煩悩深さ!

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稲の開花

 稲が花盛りだ。花粉症の方はちょっと厳しいかも知れないけど。
5月に植えた苗もこんなに大きくなり背丈は50~60センチになってきた。後2ヶ月弱で稲刈りとなる。よくよく考えて見れば、米作りの期間は5ヶ月ほど。1年の半分で終わってしまうのだ。
1.稲の成長 2.稲の開花 3.稲の開花2

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鹿児島旅行(その3)知覧特攻平和会館他

 武家屋敷の後に行ったのは「知覧特攻平和会館」そしてその隣のミュージアム知覧だ。
 ここは、第二次世界大戦末期に、効果の無いただ死にに行くだけの”特攻”という作戦によって命を落とした。(大日本帝国によって殺されたと言っても過言ではない)多くの若者の遺品やデータベースが収蔵されている。特攻に使用された戦闘機“隼”(はやぶさ)の模型や、“疾風”(はやて)という液冷のエンジンを初めて使用した戦闘機、そして、鹿児島湾に墜落した“零戦”52型、や“飛燕”、爆弾を積んで敵艦に体当たりするボート“震洋艇”もあった。しかし、いかんせん室内は撮影禁止だったので写真は無い。ここはあんまりマニアックな興味で飛行機を見に行く所ではないと思った。知覧のかつての空港がこの辺りに合ったとのことだが、今はどこが滑走路であったのか全く解らない。一面に茶畑があるのみである。
 その後、隣接する”ミュージアム知覧”を見学する。知覧特攻平和会館とは対照的に、見学者が少ない。というか私たち家族だけしかいなかった。こちらは知覧の民族的遺産を展示しており、漁具、農具など沢山収蔵されている。また、薩摩藩が16世紀後半から明治時代まで弾圧してきた浄土真宗を隠れて信仰してきたという”隠れ念仏”の歴史も解説している。印鑑のように小さな仏像が展示されていた。
パンフ 映画のセット 意味不明の練習機 万事急須
左から二枚目の写真の飛行機は最近映画を作った際のセットであり、実物ではない。
三枚目は意味不明の自衛隊の練習機。一番右は唯一明確に意味が読みとれる知覧茶の宣伝用モニュメント、このばかでかい急須と湯飲み、こういうの好きですね!

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鹿児島旅行(その2)溶岩焼き?

 鹿児島には溶岩焼きという料理がある。どんなものかというと、桜島?の溶岩を平べったくスライスして、それを焼き、その上に鹿児島名物の黒豚とか、野菜とか魚介類を載せて焼く、最後に鰹出汁をかけて風味を付けるという料理だ。旅行前からこれは一度試してみようと思っていた一つなのでした。
 行ったお店は新幹線の鹿児島中央駅にほど近いこちら・・・・。
1.溶岩焼き 2.焼酎
さすが九州!焼酎が沢山並べてあります。
4.防御 3.こんな風に防御
溶岩焼きは野菜やお肉は事前に焼いて持ってきてくれて、テーブルの上で最後の鰹だしをざっとかけ溶岩プレートの残り熱でジュウジュウと出汁が蒸発するのを楽しむようです。服が汚れるのを防ぐため、大きな紙ナプキンを半分はプレートの下に敷き、残り半分を持ち上げてお出汁が跳ぶのを防御するのです。いわば石焼きピビンバの様なモノですね。
 さてお味の方は・・・・なかなかいけます!野菜には十分出汁の味がしみて美味しい。ビールがあれば最高!(これから運転なので残念ながら飲めませんでした。)

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今日の1枚(No.45)桜島の灰

灰
私たちにとって驚きであり、とっても珍しく興味深い光景ですね。桜島は活火山、噴煙が上がっている写真をよく見ますが当然その噴煙は火山灰であり、隣接する鹿児島市内にも多く降るのでしょうね。そう言えば水を撒きながら小型のスイーパ(道路清掃車)が道路を掃除しているのはたびたび目撃しました。自然から得るモノ(観光とか・・・)も多いけど、共生して行くのも大変な事のようです。

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鹿児島旅行(その1) 知覧町

 お盆を外して鹿児島方面へ旅行に行ってきました。新幹線も鹿児島まで繋がったので非常に快適な旅行が出来ます。昔々高校生の頃、延々と夜行列車で(寝台車でないやつで)通路に新聞紙を敷いて鹿児島まで行ったことがありますがホント時代の違いを感じますね。
 鹿児島に着いてまず最初に訪れたのが知覧町。終戦間際特攻隊が飛び立っていった飛行場があったことと、美味しいお茶が栽培されている所なのですが、実はもう一つ有名なモノがあるのです。それは・・・・・

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降雨レーダーの点検

 15日、和歌山県高野山の南の山上にある降雨レーダーの点検立ち会いに行った。南海高野線の橋本駅周辺は吉野川(紀ノ川)の川祭りで花火が上がるため、朝から交通規制の準備をしていた。
 橋本駅で拾ってもらい、車で国道370号線を高野山方面に向かう。お盆でもあり、真言密教の総本山である高野山はきっと混んでいるだろうと想像していたが、道路の方はそれほどでもない。(ただし、高野山まで行く南海電車は満席ではあったが・・・)
 いくら何でも混んでいるであろう金剛峰寺の前を避けるため、高野山の西、花園経由で登ることにする。レーダーサイトは龍神高野スカイラインの途中にあり、そこへ行ルートは5つほどある。しかしどのルートも細く、曲がりくねった道であり、車酔いする人にはキツイだろうなと思う。混雑を避けたつもりのこの林道でも、離合困難な箇所で観光バスに出会う。日頃は行き交う車はほとんどないのに、乗用車も何台かすれちがった。スカイラインに出て少し走り、護摩壇スカイタワーの手前の林道を西へ入る。谷間よりわき出てきた雲が林道を覆い、まるで霧の中を走っているような気分だ。昨冬雪の中を歩いた時には、行き倒れの鹿の死骸が2体もあったのだがどこかに持ち去られたのか?林道の山側斜面の上の方を注視しながら行くのだが、生きている鹿にも今回は出会わなかった。約20分ほど林道を走ると、山頂に丸いサッカーボールのようなレドームを載せた建物が見えてくる。レーダーサイトだ。所要時間は橋本より約2時間であった。
 レーダーサイト
 このレーダーは近畿地方に2基あるうちの一つで、こんなのが各地方にあり、全ての降雨観測情報を合成することにより全国をカバーしている。レーダーは年間4回その機能を一時止めて点検をしている。今回はそのうちの1回。日頃入ることの出来ないサッカーボールの中のアンテナも見ることが出来るのだ。
アンテナ ウエーブガイド
 この設備は今年6月にリニューアルされたばかり。末永く障害なく役だってくれることを祈りたいものです。

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今日の1枚(No.44)「夏空」

とにかく暑い!あついけどさわやかな空。

13.コウトプラザ
(上郡町光都プラザにて)

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スプリング8

 所用で上郡へ行ったついでにスプリング8を見学してきました。
1.案内看板 2.展示館 3.放射光実験施設
放射光って何?なかなか難しいですね。質量のある電子を加速して強力な磁場を利用してローレンツ力で曲げると、単一で輝度の高い強力な放射光が発生する。それを利用して物質の構造や各種解析に利用する・・・ということが説明書きにありましたが、それを読んでもわからない、細菌のベン毛を構成する原子構造が解ってなにか役に立つの?と、疑問だらけなんですが和歌山カレー事件の砒素の同一性がわかっただけでも素晴らしい技術なのかな・・・?
 難しすぎてわからないので、もう少し身近な場所へと・・・・?
4.環境体験館 5.環境館 6.太陽光発電
 これはスプリング8の近くにある。太陽電池や風力発電、地下温度の利用や、人力発電など面白い施設がある。
7.太陽電池説明 10.クールヒートパイプ 11.温度差
特に地下温度の利用はなんと温度差が6.7度もあるなんて驚きでした。
そしてこれから役にたつのはこれ!
8.自転車発電
自転車発電です。これは一度は製作してみたいテーマですね。

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隣の市に飛行場跡があった!

 終戦記念日の前後になると、いつも新聞には先の戦争にかかる記事が多くなる。昨日も、地方紙に隣の市の飛行場のことが出ていると父親が言っていたので新聞を借りて読んでみると・・・・
14.新聞記事
 加古川市の北にある加西市の鶉野(うずらの)と言うところに、旧日本海軍の飛行場があったという。記事はその地下指令所を公開しているとのこと。この日は兵庫県西部方面へ行く予定があったので、その帰りに寄ってみることにした。
現地へ行く前にまず地図で場所確認。地図には飛行場は載っていない。では航空写真で確認してみると・・・・あった!!ありました、滑走路が。最近は国土地理院が各種年代の航空写真をアップしてくれるので昔の状況を調べるのにずいぶん便利になったもんです。さて、くだんの航空写真は・・・・・・・こちら写真中央に斜めに走っている空き地が滑走路です。
現地はかつての国鉄から第三セクターになった北条鉄道の法華口駅の北東、神戸大学の演習農場の北にありました。
15.誘導路? 16.ポールの向こうが滑走路
これは滑走路横の誘導路?右側の写真の白いポールの右が滑走路です。
2.滑走路北東方向 3.滑走路南西方向 4.案内看板 0.陸自看板
 路面はアスファルト舗装されており、それなりに荒れている。現在は自衛隊の訓練場として使用されているようで、看板もあった。文献によると、滑走路は延長1200m、幅60mとのこと。北端から1/3くらいの所で、道路が横断している。この道路を走っていても単に広大な空き地があるとしかおもわないだろうな。しかし、戦後66年もたった現在まで滑走路が満足な使用もされないまま放置されている(ように見えるのだけど・・・)のはなんだかもったいないように思える。周囲は広大な水田なのだ。
1.記念碑
滑走路脇には比較的新しい平和祈念碑が建てられていた。
この滑走路は昭和17年に起工され、翌年18年(1943年)に完成、その後昭和20年には敗戦なので、わずか2年くらいしか使われていないことになる。その後66年放置?数年前には播磨空港構想の候補地にもなったということなんだけど、いかんせん交通アクセスは決して良くないし、主要な駅からも遠い。マニアックな興味からこういう史跡を見る興味がある者にとっては面白いのだが、恐らく強制的に排除させられたかつての住民の皆様はどう思っているのか?
5.地下司令所跡
さて、滑走路をぐるりと周り、元来た道に戻ろうとした所、偶然に新聞に載っていた地下司令所跡の横に出た。堅固そうなアーチ型の構造物(なんだか非常に粗雑な施工)の写真を撮っていると横から(多分新聞に載っていた)おじさんが出てきたので、内部の見学をさせて欲しい旨お願いすると、気さくに中へ案内してくれた。(事前に連絡もせず、場所も偶然行き当たったのだから、まさか内部まで見られるとは思っていなかった。(ラッキー!))
6.内部1 7.内部2 8.内部3浸水線 9.屈曲通路と浸水線
構造物は半地下で、内部は10畳ほどの部屋がふたつ。入り口が屈曲しているのは爆風を止めるための構造とのこと。この構造物は長い間内部が水に浸かっていたとのことで、床面から1.5m位の位置に浸水の痕跡がある。新聞によると地元の方が消防団の力を借りて排水し、内部を見学できるようにしたとのこと。
18.展示品 17.タイヤ
内部には鶉野飛行場関係の資料やここで作られていた紫電や紫電改という飛行機の模型や写真、タイヤなどが展示されており、年々か前にNHKが放映していた記録ビデオが流されていた。
10.出口 11.出口外 12.民家の庭先
二つの部屋の展示物を見学し、地上へ出るもう一つの口を出ると、そこは民家の庭先だった。この周辺にはこのようなコンクリートでつくられた防空壕?がまだ沢山のこっているとのことですが、いずれも民地内、特に神戸大学の演習農場内にあるため、公開はしていないとのことでした。
13.パンフレット
最後に、加西市教育委員会と神戸大学が共同で作成したりっぱなパンフレットをいただきました。

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草刈り

 稲の成長
 稲はずいぶん大きくなり、緑が濃くなってきました。
7月最後の週は”土用干し”といって一度水田の水を切る時期があることを以前書いたと思いますが、この間に、畦の草刈りを行います。
草刈り前 草刈り後
 刈り払い機で畦の上及び両側面を刈ります。暑くなるまえにと思い、朝6時から作業を始めたのですが(あまり早いと近所から苦情が来る)結局終わったのは11時。もう、汗だくでした。でもずいぶんきれいになって気持ちよくなりました。
草刈り1 草刈り2

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炎夏

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 8月8日、夏真っ盛りだ。海、山の行楽地は人出がすごいだろうな・・・・と思いつつ、このまま家にいて休日を無為にすごすのももったいない。借りてきた図書を読んでしまったので、今日は加古川右岸の工業用水の巨大な貯水池のほとりにある図書館へ行ってみた。日頃は市内で一番大きい中央図書館へ行っているが、加古川市立の図書館は4館が連携しており、どこででも返却が出来るのだ。

 ウエルネスパーク図書館は緑の多い山縁にあり、綺麗な遊歩道や水辺もつくられておりなかなかいい雰囲気だ。館内はさすがに夏休みでもあり、いつもより人出が多かった。子供達も多いが付き添いの親も多い。夏休みの宿題に奮闘してるんだろうな。壁際のイスに座って眠りこけている人もいた。冷房が入り快適なので寝に来る人も多いのでは・・・?
 新しい本を借りて外に出ると、今まさに夏は真っ盛り。青空に白い雲、照りつける太陽。そして姦しい蝉時雨。ピンクのサルスベリがいままさに盛り。

 ほんの少しだけど、夏を楽しんできました。


 

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