2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

カルマンギア復活プロジェクト(その23)計器類のレストア

段々やってることが細かくなってきました。
場合によっては来週、稲刈りをするかも知れないので、今日は朝から、乾燥機や籾すり機のセッティングをして、あまり時間も無かったので”たま”から外したスピードメーター、時計及び燃料ゲージの清掃をしたのでした。
マイル表示 キロ表示 時計
純正のスピードメーターはマイル表示、これではちょっと不便なので、ヤフオクで、前面ガラスの無いキロメーター表示の物を落としていたのですが、よく見ると年式の違いなのか、微妙に違うのです。純正は本体の横に、ビス止めの耳がでているのですが、キロ表示のやつには無い。メーター枠の構造も少し違うので、このままでは”たま”にはとりつかない。デザインも少ーし違う。内部のランプも、キロ表示のはたくさん付いていますね。ATFのワーニングまで付いている。はーどうしよう。
マイル表示のやつを見てみると、ウインカーランプの表示ランプのカバーが破れている。メーター内部にずいぶん埃が入っている。どっちもどっちなんですね・・・。どうしよう?
スピードメーターは内部に埃 清掃後の時計
 時計の方は自動車の曇り止めであるクリンビューを付けて磨いてやると綺麗になりました。でも、スピードメーターはずいぶん内部に埃が入っています。また後日前面ガラスを外して掃除してやろう。
 さて、時計なんですが、
  6V仕様です 6Vのランプ
裏を見ると6ボルト仕様でした。内部照明ランプも6ボルトです。たしか、”たま”のレギュレーターやダイナモは12Vに換装されていたのに・・・・?どうしてたんだろ?(一抹の不安が・・・・)
あれ?動かない 時計の注意書き 温度ヒューズ
 不安は的中!時計は6Vを供給しても動かない。時計の横にはドイツ語と英語で注意書きがあった。ドイツ語は忘却の彼方なので英語の方を読むと・・・華氏90度~195度で切れる特殊なはんだ型温度ヒューズが入っている。もし、あなたがベゼルの封印を開けたら保証はしないよ・・・てなことが書いてある。そして、時計の裏側にある、ケースを止めてあるビスの一つには時計の製作メーカー(KIENZLE)の名前が入った封印がしてあった。
 動かないからといって、ドイツのメーカーに持ち込むわけにもいかないので、さっさと封印を外し、なかを見る。
 おおっ!なんと中身は機械式の時計!そしてソレノイドのようなものが一つ付いている。その根本になにやらバネ仕掛けで外れた接点のようなものがあった。3枚目の写真の中央がそれ。接点をくっつけ、ラジオペンチでかしめて、外れないようにする。
 そして6Vをかけると・・・。電磁石がワンアクションして、テンプが動き出しました!
 これで無事時計は復活です。しかし、12V化してある”たま”なので、時計にだけは、6Vを作って供給してやらないと。また一つ懸案が増えました。
 昨日のセルモーターは日本に来てからも何度か動いたと思うけど、この時計はカリフォルニアで6ボルト仕様から12ボルト仕様に改造された段階で、温度ヒューズが切れ、動作停止、そしてこれまで20ウン年間動かなかったものが、今息を吹き返したのです。あー、なかなか感動的な一瞬でした。え、しょーもない?そうかなー?

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カルマンギア復活プロジェクト(その22)パーツのレストア色々

 急に涼しくなりましたね。またまた台風も来ているし、夏が暑かったら冬場は雪が多いとも聞くし・・・なかなか厳しい気候ですね。
 我が愛しの”たま”は先日、錆止め補修をしてからは雨に濡らさないようにカバーを掛けています。これはいすゞ117クーペオーナーズクラブメンバーの新潟のWさんからいただいたもの。材質はビニールのゴミ袋と同じですが、裾にゴム紐が入っていて風でも飛ばないので重宝します。
1.保管状況
 さて、今日もレストア作業に励みます。外は雨が降っているので、屋内で出来る作業、小物部品の錆落とし+塗装を行います。まず最初にステアリングロッドです。室内側の端部は綺麗ですが、ステアリング機構側は欲錆びています。目の粗い布ヤスリで削り落とし、塗装しておきます。ロッド外側の筒、シフトノブのリンケージも一緒に塗装します。(あ、写真はありませんが・・・)
2.ステアリングロッド錆 3.研磨中
ステアリング機構への接続部も錆落とし及び塗装です。
4.カップリング部 5.カップルの塗装
 お次は温風ダクト。プラスチック製品ですが、中に石膏ボードのようなものが入っています。おそらく、断熱のためでしょう。でもこれってアスベストじゃないでしょうね?
6.温風ダクト清掃 7.これってアスベスト?
 危なげな物は適当に清掃しておいて、次はセルモーターです。とってもよく錆びています。まず、バッテリーをつないで動作確認です。(あ、これも写真なしです)流れる電流が大きいのでブースターコードを利用して動かします。まず、ソレノイド。接点に火花が出て、ピニオンギヤが飛び出します。ソレノイドを動かすだけでも相当の電流がながれているようです。次にモーターの配線をして再びソレノイドコイルにバッテリーを接続します。すると ピニオンが飛び出し、勢いよく回り出しました。都合3回動作させましたが正常です。20数年を経ても動く物なんだなーと関心しました。動作は正常なので、お化粧だけします。
8.セルモーター 9.研磨中 10.研磨完了 11.塗装中 12.塗装完了
 その後はナンバープレートの枠とか、バンパーのステーなど細かなものの錆を落として再塗装です。
13.プレート枠 14.小物の塗装
最後に、さてこれはなんでしょう?
15.錆のかたまり 16.これはなんでしょう? 17.研磨した
これは、フロントグラスのデフロスターのレバーです。右と左別々に冷風(普通の風)と温風を切り替えるものです。インパネの裏側にあるんですが、ほんとによく錆びています。防錆潤滑油を吹きかけ、レバーの動きを復活させてから、錆落としです。これはまた次回塗装することにします。
 しかし、毎回錆落とししてて思うんですが、レストアってあまり身体に良くない趣味ですね。サンダーにカップワイヤブラシを付けて錆落としすると、濛々と上がる錆!カップワイヤーブラシの鋼線はちぎれて飛んで危ないし、錆転換剤は服に付くと取れないし・・・。おまけに今回はアスベストの様なものまで出現です。実はブレーキのライニングもヤバイのではないかと思っている所なのです。仕事がら、職場では、アスベスト飛散防止のため、ディーゼル発電機の排気管フランジまで慎重に扱っているんですが、素人のレストアではそこまで管理出来ないのが実状ですね。どなたか、これら1966年式のヒーターダクト断熱材、ブレーキライニングはアスベストが使われているかどうかご存じの方がいらっしゃいましたら教えて下さいませ。

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カルマンギア復活プロジェクト(その21)シートのレストア

 毎日励んでおります。昨日はボディの錆止めをした。今日はシートのレストアを行う。え?シャーシはその後どうなったのかって?実は10月10日前後に稲刈りがあり、籾の乾燥機のセッティングの関係で、”たま”を一時避難させる必要があるのです。フロアパンを溶接してしまうと移動の時に重いので、シャーシの作業は一次休止中なのです。
 さて、カルマンのシートはシートレールがさび付いてなかなか外れなかったため、ボディを外した後もまだシャーシに乗ったままだったのでした。結局シートレールが壊れるのを承知で、無理矢理ひっぺがしたため、シートにはレールの残骸が残っており、今日の作業はまず、それを取り除くことから始めました。
1.左運転席 2.比較的まし 5.シートレール残骸
 左の運転席側のシートは左右両方の溝に錆だらけのシートレールの残骸が挟まったままになっており、潤滑スプレーを掛けながら、ドライバーやタガネでコツコツ外したのでした。
 シート固定機構は錆びて固着して全く動かず、こちらも以前九州のike117さんに教えていただいた潤滑スプレー”ラスペネ”をふんだんにかけながら、延々とハンマーでたたいたのでした。元々、ばらすときに思いっきりハンマーで調整レバーを叩いたので、レバー自体が曲がってしなっていました。
3.調節機構固着 9.調節機構復活
 叩くこと約1時間、やっとレバーが動き出しました。こちら側は幸いリターンスプリングも健在でした。
6.錆落とし 7.塗装
 その後、背もたれの金具の錆落としをし、ブラック塗装をかけておきました。
 お次は右側。こちらはシートレールは健在だったのですが、なぜだか、裏面のバネがずいぶんさびており、消失している部分もありました。
10右側助手席腐食ひどい 11.針金で復旧
 とりあえず針金で結わえてバネの飛び出しを押さえつけました。
13.調節機構は錆のかたまり 12.バーナーであぶって
 こちらの調整機構も悲惨な状態で、叩けど叩けど、動く気配がありません。高性能潤滑オイル”ラスペネ”も効きません。仕方がないので、カセットガスボンベのバーナーで加熱すること3回。ようやく動いてくれましたよ。
 カルマンギアのシートはご覧の通り、フワフワのコイルスプリングとフラットな座面、そして、ヘッドレストがありません。レカロにでも交換すれば、快適に安全に運転出来るとは思うのですが、1966年の雰囲気を守るため、このシートのレストアを実施したのでした。  あー早くこのシートに座って”たま”を運転したいものです。

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カルマンギア復活プロジェクト(その20)錆止め暫定措置

 昨日に引き続き、ボディの方の錆落とし及び錆止め(暫定的措置)を行った。
”たま”のボディは相当錆びている。”たま”をいただいたYさんからは、もう一台ある黒の方がボディの程度がいいので、換装したらいいと言われているのだが、そちらも書類があり、ニコイチにしてしまうにはもったいない。
それと年式がちがう(タマは1966年、クロは1968年・・・勝手に名前つけるな?))ため、インパネの換装や燃料給油口の加工が必要となる。錆びたサイドシルを修復するのと、これら改造をするのとどっちが楽?と問われても素人の私はわからない。
 何を一番こだわっているかというと、1966年式のインパネにモールがあるデザインにこだわっているため、出来ることなら本来のボディを使いたい。
 古い車を修復する時、どこまでオリジナルに修復し、どの当たりはオリジナリティにこだわらなくていいか?
 これはレストアをするときの一つのテーマだと思う。軽い(多くの人に許容される内容)から並べると・・・、1.カーナビをつける、2.オーディオを新しい世代のものに換装する、3.ヘッドライトをHIDにする、4.ショックアブソーバーをビルシュタインにする、5.ホイールをアルミにする、6.シートをレカロにする、7.ブレーキをベンチレーテッドに換装する、8.マフラーを純正以外のものにする、9.インジェクションをキャブに替える、10.エンジンを後年のものに替える、11.ドアミラーにする、12.社外品メーターをたくさん付ける・・・・・
 あー、書いていたらきりがないけど、さて、皆さんはどこまで許容できますかね?
 オリジナルから外れる部分を許容する基準として、旧車にある、”不便さ”の緩和があります。また、これに反する要素として”デザインの保持”があり、この二つの要素について、どのレベルまで許容できるかはオーナーの許容出来る範囲の違いが出てくるのでしょう。
 究極を言うと”古い時代の雰囲気を残しながら性能・機能は最新の車”・・・・ってなことでしょうかね。
 と言うことで、古いデザインはなかなか捨て切れないと言うことです。”たま”のボディで逡巡するのも原因はこれなんですね。インパネは1966年式!でもカリフォルニアで改造されて”ヒゲ”が無い!(このヒゲ、フレッシュエアーをフロントグラスに吹き付けるだけの機能?だと思うのですが・・・)カルマンギアの大きな個性の一つが無いのだ。これを復活させるとすれば、かなりの技術が必要であり、私のジレンマの一つでもあるのですよ。
 長くなってしまいましたが、要するに”たま”のボディは捨てきれないと言うことを言いたかったわけです。そういうことで、とりあえずは錆びている部分の応急処置をしておきました。以前からずっと気になっていた懸案、”ボディの劣化の進行を何とかする”がとりあえずは解決しました。
リヤダッシュ錆転換剤塗布 トランク内 右フロントフェンダー塗布 右リヤ三角窓部塗布 弾がブチになっちゃった

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カルマンギア復活プロジェクト(その19)久しぶりにボディを・・・。

 先週までシャーシをやっていたが、ぼちぼちボディの方も準備するため、今日はボディに付いている残りの部品の取り外しをすることにした。
 あれだけ、取り外してまだ何か残っているのかって?そう、残っているのですよ。まず、ステアリングのロッド、ワイヤーハーネス、リヤにあるトランクの防音材、デフロスターのレバー、前後のフードのヒンジ部分。 これらを順番にはずしてゆきます。
 ステアリングロッドは、先端のカップリングへの接続部分が外れるようになっているので、これを外し室内側に引き抜く。
ステアリング先端 外したステアリングシャフト
 ワイヤーハーネスは、ほとんど全てがヒューズパネルに接続されている。外したコネクタに接続先を書いた荷札をとりつけておく。恐らくハーネスは作り替えになるだろうけど、オリジナルのハーネスの長さとか本数は確認しておく必要があるからだ。ハーネスは以前、エンジンルーム内から、室内まで引き戻しておいた。今日は、室内からフロントフード内へ送り、ヒューズパネルや、各種スイッチと共に外す。
外したワイヤハーネス
 外したハーネスはこれだけ!昔の車だからかずいぶん少ない。
 なかなか外れなかったのが、ワイパースイッチ。特殊工具にて回すようになっているのだが、そんなものは無いので、釘をポンチがわりにして叩き、その後ラジオペンチを突っ込み回す。
ライトスイッチ取り外し
 ワイヤーハーネスがなくなったフロントフード内はずいぶんすっきりしました。
ハーネスなくなる
 お次はトランク内の防音材撤去。植物繊維で出来た防音材は、水に濡れた部分が土に還えろうとしている。
防音材
 さて、外した跡をみると、お約束の錆が盛りだくさん。
トランク内の錆
 スクレーパーで錆を削り状況を確認する。フロアパンほどではないが、何カ所かは穴が開く。少しでも劣化を止めるため錆落としをし、明日、錆止めを塗ろうと思う。
スクレーパーで錆落とし
 あと、ドア受け部分のクッションとか、デフロスターのレバーを外していく。
ドア受け部分 デフロスタレバー ヒーターダクト
 フォルクスワーゲンの部品取り付けには”釘”が多用されている。ドリルの刃のように螺旋のついた短い釘を鉄板に打ち込んである。今なら、タッピングビスを使うところだろう。だから・・・・
釘抜きで!
こんな場面も(笑)
 後、各種ゴムブッシュ類、こまごました金具類を外し、部品はほぼ外し終えたのでした。
外した部品 外した部品2
 あーそれにしてもボディの劣化状態はすすんでおり、両側のステップパネルは全て作り替えとなります。そのための作業をやりやすくするため、ボディを地面から浮かせること、ボディが歪まないように、支保部材を作成して取り付けてやる必要があります。いわばロールバーのようなものです。前者はいわゆるカーベキューです。多分に泥縄的なきらいはありますが、どちらも現車合わせでないと製作出来ないものだから仕方ないでしょう。まだまだ道のりは長いようです。
 

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書評「愛しの座敷わらし」(荻原浩)

ざしきわらし1
「愛しの座敷わらし」読み終わりました。座敷わらしのほっぺのように、心がぽっと赤くなる小説でした。

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カルマンギア復活プロジェクト(その18)フロアパン加工その2

 今週末も暑いのに頑張っています。先週に引き続きフロアパンの加工です。先週は寸法の調整をして、シャーシに収まるよう加工しました。今週は、それをシャーシに溶接するための下準備です。
 本来ならば、スポット溶接にて早く、合理的に接合するんでしょうが、そんな便利な機械はありませんので、フロアパンの回りに穴をあけ、ちまちまとその中を溶接して行きます。
 ということで、まず、フロアパンの縁のシャーシと重なる部分に線を引きます。
1.穴開け位置ケガキ
そして、3センチ間隔でポンチを打ち・・・
2.ポンチ打ち
 穴開け加工をします。穴開けは、多少なりとも鉄板の波打ちを少なくするよう千鳥で開けます。(酔っぱらっているわけではありませんよ)
3.穴開け 4.千鳥に穴開け
その後、穴の周囲の塗装を溶接がつきやすいように剥がしておきます。
5.塗装はぎ 5.塗装はぎ2
穴の数は全部で85個ありました。溶接が大変そうです。
 さて、お次は古いフロアパンから外したジャッキアップポイント及び、シートベルトのベースの取り付け準備です。手順はみな同じです
まず、ジャッキポイントは・・・・
6.ジャッキポイント合わせ 7.躍起ポイント取り付け位置 8.ジャッキポイント穴開け 9.ジャッキポイント塗装鍵
次に、シートベルトの取り付け部です。
10.シートベルト湖底部合わせ 11.シートベルトケガキ 12.ベルト穴開け 13.ベルト塗装はぎ
だいぶ進みました。
14.半分完成
さてお次は、ボディ取り付け用の穴開けです。先週の記事にも書きましたが、買ったフロアパンにはボディ取り付け穴が開いていませんでした。
15.ボディ取り付け穴加工
直径15ミリの穴を接合箇所に順次開けて行きます。
今日の作業はもう一つ、リヤ左のクロスメンバが腐食して折れそうですので、これを、廃材から製作します。こんな感じで出来ました。
16.クロスメンバ補修剤 17.クロスメンバ補修剤2
今日は、夜、姫路にて117クーペ仲間の集まりがあるのでこれで作業はおしまい。また、明日この続きをやります。明日の予定はペダルストッパーの製作とシートレールの製作です。やりやすい作業からやっていくと、難しい部分が残っていしまいますね。でも、ま、蝸牛の歩みから牛歩の歩みぐらいまでは速度アップしたかも?  

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カルマンギア復活プロジェクト(その17)フロアパン加工

 先日、ネットにてフラットフォーに注文していた左側のフロアパンが来ていたので今日はそれを当ててみる。
2.フロアパン当ててみる 2.若干デザインが違う
左側になかったフロアパンが復活しただけで、すでに、レストア完了の気持ちです♪
5.このずれが
 でも現実にはそう関単には行きません。ほら見て、このずれ!フロアパンは若干大きめにつくられているのか、それともぴったりとした大きさに作る技術が無いのか?
3.かなきりハサミで 4.こんなに切る
ということで、残った右側のフロアパンと比較して、けがき、金切りハサミで端を切って行きます。鉄板の厚さは1ミリ、切れたころにはしっかりとお豆が4つ収穫出来ましたとさ。
9.豆の収穫
金切りハサミで端を切り、シャーシに付けたり外したりすること十数回、そのつど、サンダーで調整していき、ようやくぴったり整合できました。
6.ほぼ合いました
 その後、以前のフロアパンの残骸をサンダーで削り取りサッパリさせます。
7.以前の残骸も 8.サンダーで切除
残っているトンネル脇のスポットの跡も、フロアパン溶接のために綺麗に削ります。
13.スポットの跡 14.三田で削り取ります
さて、ここで、気分転換にミッションマウントの錆対策を行います。トンネル内や、トンネル表はすでにはけ塗りで錆転換剤を塗りましたが、ミッションマウントは細い筒になっているので、ハケが入りません。そのため、鳥取のMさんに都合をしてもらったこのスプレータイプを使用します。
10.サビ転換剤 11.吹き込みます 12.ここからも
さて、再びフロアパンの調整に戻ります。購入した物にはボディを止めるボルト穴が開いていません。そのため、以前撤去した古いフロアパンを新しい物に重ね、位置の確認をします。新しいフロアパンにはとりあえずボルト穴の位置にポンチが打ってあるのですが、この製品ではその位置も信用できませんね。重ねてみると幸い位置は大きくずれていませんでした。穴の大きさは15ミリ。合計9つの穴を開けることになります。
跡、ペダルがとりつく部分にペダルのストッパーも製作して取り付ける必要があります。そして、シートレールも・・・・。まだまだ先は長そうです。
15.新旧のパネル 16.穴開け位置確認 17.穴の大きさは15ミリ 18.カーブの部分は長穴 19.ペダルストッパも作らねば
 さて、本日の作業はこれでおしまい。最後に、先日サンドブラストをかけたブレーキドラムですが、その後、スクレーパーとワイヤーブラシで強固に付いていた塗装を剥がしました。大分綺麗になったでしょ。
いろんな作業を取り混ぜてやっていかなければ、レストアの作業がだんだん苦役になってきます。あっちを少し、こっちを少し、やりたい所をやればいいと思っています。精々楽みながら”たま”と戯れているとそのうちに復活していることでしょう?え、甘い?
1.ブレーキドラム研磨

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紀行「西国街道」散歩(その2)

 時間は朝8時、かなり暑くなってきました。野口の交差点を過ぎ、昔懐かしい母親の実家が近づいてきます。私は幼稚園に入る前の1年間、昼間は、母親の仕事の都合で実家に預けられていたのでした。3歳頃のことなんでほとんど記憶はありませんが、ここへは何度か来た記憶があります。
13.教心寺 15.教心寺看板
教信寺という天台宗のお寺です。春にはサクラがきれいな大きなお寺でした。
道標
ここの駐車場の隅に道しるべがありました。これは新しいものですね。
続いて野口神社。こちらの方は全く記憶にありません。恐らく今回初めて来たのではないかと。
16.野口神社 17.野口神社看板
この神社の角にも道しるべがありました。こちらはかなり古い物のようです。山陽道からは外れている私の住居の近くの神社が彫り込まれていましたので、ここが、昔、街道の辻であったことが伺えます。
18.道しるべ
 ようやく一つ目の駅までたどり着きました。約3キロあまり、1時間です。東加古川駅界隈は加古川駅よりもにぎわっています。昔は逆だったのですが・・・。
  19.東加古川駅
 ここで、私はどんな格好で歩いているかと言うと、普段の仕事場での姿と同じで、ワイシャツ、スラックスに革靴、クールビズでネクタイはなし。首にタオルをかけ、通勤鞄はザックモードにし、しょっています。右ポケットにはデジカメ、左ポケットにケータイ、左のお尻のポケットには地図、右手に持ったペットボトルで水分を補給しながら、左手で、首に掛けたタオルで汗を拭っている・・・。ま、長距離を歩くような格好ではありませんね。
 出来ることならTシャツに短パンでデイパックをしょって、運動靴で歩きたいものですが、職場に着いた後通常の勤務に戻るとそれでは多分具合が悪いだろうと・・・。なんてつまらない事を気にさせられるのですよ。
 さて、東加古川駅を後にし、さらに、西国街道(山陽道)を東に向かいます。ゴールは次のJRの駅、”土山駅”です。
20.火の見櫓
街道沿いには昔懐かしい”火の見櫓”がありました。最近は周囲の建物が高くなり、用を果たさなくなって撤去されるものもおおいようです。
21.西谷八幡宮
西谷八幡宮という神社です。
22.標識
 山陽道は旧国道2号線と重なっている、というより、旧山陽道の一部が国道になった場所があります。国道沿いを歩くのは暑いし五月蠅いし、空気も悪く結構苦痛ですね。
23.長松寺
長松寺というお寺をすぎてから少し脇道に入ります。ここは平岡町高畑という所です。毎日通勤電車の中から外を見ていると、何カ所か気になる場所が出来てきます。実は今回のこの歩く機会を利用して、その”気になる場所”の一つに行ってみようと思っていたのでした。それがここです。
24.五輪の塔1 25.五輪の塔2
電車の中からは、水田の中、木立の下にある石塔が見えていました。傍らには説明看板もあるので、誰かのお墓かなと思っていました。
26.五輪の塔の看板 27.五輪の塔3
でも看板には特に誰の墓だとは書いてありませんでした。でも、ま、とりあえずは行きたい場所の一つにいけたので満足感はあります。電車からは目印としてのこの造園屋さんの倉庫がよく見えます。
28.造園屋さんの倉庫
 街道を歩いていると、結構あちこちに餅つきに使う石臼とか、粉ひきに使う石臼が放置されています。重いし利用価値もないので、ほっぽってあるのでしょう。かつて”そば粉”引きをこれでしていた時のことを思い出します。
29.石臼
高畑薬師堂。
30.高畠薬師堂
今回歩いたルートの中で、1カ所JR山陽本線を渡る踏切がありました。
31.山陽本線踏切
喜瀬川という小さな川を渡り・・・・
32.喜瀬川
ようやくゴールの土山駅に着きました。東加古川駅から50分、歩いた距離は6.3キロほどだと思います。
33.土山駅
身近な所にある旧山陽道、でも今まで歩いたことは無かったので、満足感はありました。また、電車のなかから何時も見ていて、いつかは行って見ようと思っていた石塔へも行けました。念願かなったというところでしょうか。出来ればもっと涼しくなってからゆっくりと時間をかけて歩いた方がよかったかも知れません。
 でも、この暑い中長距離を歩かせる(業務)というのは非常識だと思いますね。果たしてどれだけの効用があるのか???

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紀行「西国街道」散歩

 今年の夏は特に暑い!今だ連続猛暑日の記録を更新しているところも・・。この暑い中、9月1日に酷暑の中を歩かねばならない状況があった。ただ苦役でしかない猛暑中行軍を少しでも有意義?なものにすることと、少しでも元気が出るように歩くコースを旧山陽道にした。私の住む兵庫県加古川近辺では山陽道はJR山陽本線と旧国道2号線に挟まれた所を走っている。街道は狭く車が少ないこと、民家が立て込んでいるため日陰が多いことから、歩くのは比較的楽。(それでも暑いのには替わりはないが・・・)
 出発はJR加古川駅。駅前の商店街を南へ歩き、寺家町通りへ。寺家町通りは旧山陽道だ。
1.スタートはベルデモール 2.西国街道はここから
 ここから東へ向かい、ひたすら山陽道を歩く。昔からの街道沿いなので、大きな立木やレトロな民家(商店?)が残っている。街道を横切る農業用水路は水量豊富である。
3.この楠も昔を知っている 4.おーレトロな民家 5.水路
 さて、最初に出会った史跡は・・・「胴切れの地蔵」看板によると、参勤交代のおり、列を横切った者が切り捨てられたが、本人は無事で傍らの地蔵さんの胴が切れていたとか・・。それからは、身代わりになってくれる地蔵さんということで信仰されたとか。
6.最初の旧跡は 7.胴切れの地蔵さん
8.龍泉寺 9.看板
 胴切れの地蔵さんから少し歩くと龍泉寺がある。ここの境内には南北朝時代の五輪の塔がある。南北朝時代といえば、1300年代頃になるので700年も昔のものだ。材質は一番上の石が御影石、それ以外は竜山石という地元で産する石でできているとのことで、一つの五輪塔を異なった材質で作るのは珍しいのではないかと思う。(後年の補修かも?)
 次に別府川の橋を渡る。別府川は現在上流部を開削中の治水のための河川。加古川市内の内水を集め海に流す河川だ。
10.別府側
 そこからしばらく歩くと、東播磨南北道路という真新しい道に当たる。山陽道はむかしのままのルートが結構残っているが、何カ所かは新しい道に断ち切られている。ここもその一つ。街道の右手を走る旧国道の横断歩道まで迂回する必要がある。
11.東播磨南北道路
 旧国道から街道にもどり進んで行くと、また石塔に出会う。これも南北朝時代のもので、泉式部の墓と言われている。しかし和泉式部は10世紀末の人なので、南北朝時代に製造されたこの塔とは年代が合わないですね。
12.泉式部の墓? 泉式部の墓の看板
次回に続きます。

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