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2台のクーペと”四方山果無(よもやまはてなし)”World

ちょっと寄り道(経ヶ岬)

こちら方面へ行く機会があったのでほんのちょっと寄り道。
看板経ヶ岬
ここからは海がとてもきれいだ。
看板2
実はもう何度も来ているのだが・・・
海1
何度来ても美しい!
海2
どうぞ海の風景をお楽しみください。
海3
灯台まで行く時間は無かったけど、
灯台
本当はゆっくり眺めていたいんだけど。
またサボっているとおもわれても困るのでトイレ休憩のみでした。

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稲刈り1回目

(これは10月14日の事です)
今年の秋は散々です。ウンカにやられ、刈り取り前には台風が来て、この記事を書いているのは今日、17日なのですが、本来2回目の稲刈りをして終わりにしようと思っていたのですが、また雨です。
副業の方も先週あたりから出張が連続し、晴天の空を恨めし気にながめながら出張している日々でした。
まあ、お天気の事はどうしようも無いことなので。
Aいねの実り
稲の出来はこんな感じです。
B穂2
良く垂れています。
B穂
全く問題ありません、見える範囲は・・・
Dウンカの害
しかし今年はウンカという害虫が大発生して、この地域だけでなく、ほかの地方でもおおきな被害がでているとのことです。
まずらしくウンカの警報まで出ましたもんね。
テレビで見たのですが、ウンカはベトナム北部から季節風で中国に渡り、そこからさらに低層ジェット気流に乗って日本へやってくるとのこと、その後2世代の世代交代をして、三世代目で大発生となるようです。今年は風向きやら日本の気候がウンカの成育には都合がよかったのでしょう。
という事でうちの水田も不幸にもやられたわけです。
C入り口
稲刈りはまず機械の入り口を手狩りします。(まさに稲刈りです)
E完了
いきなり完了。刈り取り作業中は写真なしです。
Gレンコン畑
レンコン畑の方も完了。
F取れたもみ
とれた籾を乾燥機に投入しますが、この運搬投入がとても大変。今回は平日に実施したのですべて一人でやらねばなりません。そんなときは少々過酷です。

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心のふるさと”味土野”へ

(これは少し前の出来事です)
仕事で京丹後市に行く機会があり、時間があったので秋も深まっているであろう味土野に寄ってみた。
ここに私が初めて訪れたのは1981年頃、それ以降約14年、ここへは数えきれないほどの回数来ていた。しかし、かつてあれだけ通った道だったのにこの度改めて訪問しようとしたとき、そこへの道を忘れている自分に驚いた。“去るものは日々疎ましい”去った場所も同じようなものなのだろう。
現地への沿道風景も結構変わっていた。かつてあった建物がなくなり新しい建物ができていたり、広大な畑ができていたり、中山峠のスノーシェッドが新しくなっていたり。しかし味土野へ登る最後の山道は昔のままであった。途中、味土野大滝はガラシャ大滝に名前を変え、案内板や幟がたくさん立っていた。そう、今某テレビ局でやっている時代劇の舞台のひとつのようだ。
L幟
味土野山房の入口に車が止まっていないので、残念ながらOさんは不在?となりのKさん宅には布団が干してあったので、誰かが住んでいるようだ。ということで山房は後で訪ねることにして、最初に訪ねたのは”ガラシャの碑”、下の広場には四阿が2棟新しく出来ていた。
A四阿
ドラマの効果なのか車が2台止まっていた。碑のところには案内板も整備され、細川ガラシャが隠棲していた時の建物配置や、見張り場所である“おじろ”(男城)跡の案内もあった。
B配置図
ちなみに麓の集落やここへ上がってくる途中にも味土野大滝(今後はガラシャ滝と呼ばせたいようだ)やガラシャの碑の案内看板が新たに出来ておりドラマの影響は大きいなと感じた。
C碑
続いて当時焼き物を焼いていた穴窯の跡へ歩いて行く。
Dガラシャ荘遠景
かつておいしい湧き水が出ていた場所にはコンクリートの水槽が設置され殺風景になってしまった。
E碑の裏
しかし別の場所には新たにガラシャの化粧水と名付けた湧き水があった。(あんまりガラシャさんの名前ばっかりつけるのは少々興ざめである)
E水飲み場
「ふるさと味土野の地」の石碑の傍にある大直日神の石佛はむかしの姿のままであった。
D大直日神
更に道を上ってゆくと、当時秋の稲刈りの後、稲束を掛けていた稲木がまだ残っており、その下にはK.Kさんの家があったが、納屋の方は屋根が抜けてしまっていた。豪雪地である味土野では、維持をしない建物はやがて朽ちてゆく。
F稲木
 秋空とススキの穂が揺れる道を更に登る。
Gススキの道
そこここにK.Iさんが建てたかつてここには何があったのかを示す石碑がある。
H石碑
やがて“穴窯”の跡地へ着いた。しかしそこにはもう何もない。単に狭い平地に背の高いススキが生えているだけ。でもそこに立つとかつて楽しかった窯焚きの時が目に浮かぶ。
J窯跡
 更に奥、お宮のあるところまで行こうと思ったが、途中からは草が生い茂り入れなくなっていた。(この道は等楽寺という集落まで下りる道なのだが、帰り際に等楽寺側登り口を見ると、全面通行止めになっていた。土砂崩れなどで道が損傷を受けているのだろう)交通量が少ない道は放置せざるを得ないのだろうな。
道端にはかつては無かった、農業倉庫のような建物が作られており、そこここに野菜やソバの畑が作られている。穴窯から道を挟んで反対側の斜面下には広大な畑が開かれていた。時の流れと共にここも少しずつだが変わって行っている。
K宮の田より
 車をかつてのアジサイ園脇に出来た駐車場(金剛童子山登山口)に停める。ちなみにアジサイ園に植えたアジサイは結構大きくなり繁茂していた。
Nアジサイ園
そして、かつての分校跡を宿泊施設に改装したガラシャ荘へ歩いてゆく。ガラシャ荘は建物は健在であり、若干のリフォームも施されている。新しい建物も増えていた。
Mガラシャ荘
庭先に若い人が居たのでOさんやKさん宅の住人の事を聞いてみると、Oさんはお元気で暮らしておられること、Kさん宅には今住んでいる人がいるとのことだった。
N山房方向
彼は来週末24日に地元で開催される芸術祭だったかに作品(染色)を出品すべく準備していると言っていた。
M見慣れた場所
 最後に車は無いけど、山房の様子だけでも見に行くか、と登っていくと、道の途中に車が止めてあった。どうもぬかるみにはまり、身動きできなくなってしまったようだった。ならばOさんは居るかも!と山房まで登り声をかける。Oさんは在宅だった。
O作業場
 会うのは四半世紀ぶりか?最初は私が誰だか分からなかったようだった。(そりゃマスクしていればわからないわ)。Oさんは風貌もほとんどそのままでお元気そうであった。少しの時間ではあったが囲炉裏端でコーヒーをごちそうになりながらかつてのメンバーの消息や味土野の変遷、漆や木工の話などをした。来月もまた来ると言うと次回はここで泊まっていけと言ってくれた。四半世紀の積る話もあるのでそうしようと思う。

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樋門テスト(10月第1回目)

本日は樋門テストの日。
ゲート稼働中
朝6時より開始。
ゲート全閉
まず2門あるゲートの稼働確認。良好
予備発電機
予備発電機の稼働確認。良好
投光器
投光器の点灯試験。良好
量水板
最後に量水板の清掃。これが結構大変。長いモップを突き出して量水板を拭くのであるが、頑固な付着物まではなかなか取れない。今日はこれぐらいにしといたるわ。
9月末で今年の農業用水供給も終わり、あとは水路維持の水量のみとなる。加古川大堰での取水もぐっと減る。これからは本来の樋門の機能である洪水防御(内水排除)の作業だけとなる。
台風シーズンはまだしばらく続くが、とりあえずはひと段落。

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葉っぱものの野菜が発芽

台風の影響でよく雨が降りました。
そのおかげ?で・・・
葉っぱもの
葉っぱものの野菜が発芽していました。(柿の木の下なので落ち葉だらけですが・・・)
葉っぱもの2
水菜、菊菜、ほうれん草、チンゲンサイの4種類なのですが、蒔き方がラフだったのか少々まばらです。
ニンジン
ニンジンも結構大きくなってきました。

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